コラム

北朝鮮とトランプ:「リビア方式」を巡る二重の誤解

2018年05月21日(月)19時30分
北朝鮮とトランプ:「リビア方式」を巡る二重の誤解

北朝鮮が意図的に作り出した誤解を、そのままトランプが誤解したまま受け入れた KCNA,KCNA-REUTERS

<「リビア方式」を巡っては、ボルトンも誤解し、北朝鮮も(意図的に)誤解し、そして北朝鮮の誤解をそのまま受け入れたトランプも誤解したまま米朝首脳会談が開かれることになる>

平昌オリンピックをきっかけに急速に融和ムードが高まり、6月12日には史上初めての米朝首脳会談がシンガポールで行われる段取りまでついたところで、5月16日に突然、南北閣僚級会談への出席を拒んだだけでなく、北朝鮮の第一外務次官である金桂冠が「リビア方式」による非核化を主張するボルトン米安保担当大統領補佐官を名指しで非難し、一方的なCVID(Comprehensive, Verifiable, Irreversible Dismantlement/Denuclearization、包括的で検証可能な不可逆的核廃棄/非核化)を押しつけるのであれば米朝首脳会談を中止すると主張した

この急激な北朝鮮の態度の変化に対し、トランプ大統領は5月17日に北朝鮮との合意は「リビア方式」とは全く違うと主張し、「(金委員長が)そこにい続けるものだ。(金委員長が)国にいて、自分で統治して、国がとても裕福になるというものだ」と発言し、「金委員長はとても力強い保護を得ることになるだろう」と発言して、北朝鮮の体制保証を与える方針を示した。しかし、「もし合意がなければ(リビアのような)『完全な破壊』が起きる」とも述べ、「リビア方式」で合意出来なければ武力行使もあり得ることを示唆した。

この一連のやり取りは、どこか違和感の残るやり取りであり、もしかすると米朝の間で大きな誤解が生じている可能性も考えられる。ここで「リビア方式」と「体制保証」を巡る関係について少し整理し、誤解が生じているとすればどこで生じていて、それがどのような問題を引き起こすかを考えてみたい。

「リビア方式」が意味するもの

「リビア方式」を主張しているのはボルトン安保担当補佐官である。彼はブッシュ(子)政権の国務次官・国連大使として、不拡散問題を専門に政策に関わっており、リビアの核開発の発覚からリビアとの交渉、そして核廃棄までを担当した本人である。彼にとって、リビアの非核化プロセスは外交的な手段による非核化として誇るべきものと認識しており、その時の経験を「リビア方式」と呼んでいるのだと理解している。

その「リビア方式」とは、2003年にアメリカ、イギリスとの9ヶ月に渡る交渉の末、合意に至ったリビアの核開発計画の放棄を指す。リビアは1980年代には核開発に着手していたと見られており、「核の闇市場」を作ったパキスタンのA.Q.カーンから遠心分離機などの技術を導入して、核兵器開発の能力を高めていた。その目的として、イスラエルの核兵器に対する自衛の目的がカダフィによって主張されていたが、中東・北アフリカにおける支配的な地位を確立するためとも見られている。

そのリビアが核放棄を決断するに至った背景には、1988年にスコットランド上空でパンナム機を爆破した「ロッカビー事件」がある。これは米英の乗客・乗員259人とスコットランドのロッカビー村の11人を含む死者を出したテロ事件であり、このテロを組織したのがリビアだとして経済制裁がかけられていたのである。この制裁の効果もあり、1999年にはリビアがテロの主犯2名を国連に引き渡し、2003年3月にスコットランドの裁判所で1名有罪、1名無罪の判決が出された。その後、遺族との和解が成立し、賠償支払いをすることで経済制裁が解除された。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

ニュース速報

ビジネス

日経平均は3日続伸、幅広い銘柄で買い戻し

ワールド

香港警察、催涙弾でデモ隊強制排除 抗議活動再び激化

ワールド

NZ、豪との移動再開で6月初めに草案発表へ=アーダ

ワールド

ハンガリーが6月20日に非常事態宣言解除、首相権限

MAGAZINE

特集:コロナ不況に勝つ最新ミクロ経済学

2020-6・ 2号(5/26発売)

意思決定の深層心理から人間の経済行動を読み解く── コロナ不況を生き残るため最新の経済学を活用せよ

人気ランキング

  • 1

    「イギリスが香港のために立ち上がらないことこそ危機だ」パッテン元総督

  • 2

    新型コロナの死亡率はなぜか人種により異なっている

  • 3

    「集団免疫」作戦のスウェーデンに異変、死亡率がアメリカや中国の2倍超に

  • 4

    「9月入学」は教育グローバル化のチャンス そもそ…

  • 5

    経済再開が早過ぎた?パーティーに湧くアメリカ

  • 6

    新型コロナウイルスをめぐる各国の最新状況まとめ(2…

  • 7

    新型コロナで5400人が死亡、NJ州高齢者施設で繰り返…

  • 8

    台湾の蔡英文総統「香港の人びとに必要な援助を提供…

  • 9

    日本の「生ぬるい」新型コロナ対応がうまくいってい…

  • 10

    「検査と隔離」もウイルス第2波は止められない 米専…

  • 1

    過激演出で話題のドラマ、子役2人が問題行動で炎上 背景には韓国の国民性も?

  • 2

    東京都、新型コロナウイルス新規感染14人に急増 緊急事態宣言解除の目安、3項目中2項目が基準下回る

  • 3

    「イギリスが香港のために立ち上がらないことこそ危機だ」パッテン元総督

  • 4

    カナダで「童貞テロ」を初訴追──過激化した非モテ男…

  • 5

    「集団免疫」作戦のスウェーデンに異変、死亡率がア…

  • 6

    日本の「生ぬるい」新型コロナ対応がうまくいってい…

  • 7

    コロナ独自路線のスウェーデン、死者3000人突破に当…

  • 8

    気味が悪いくらいそっくり......新型コロナを予言し…

  • 9

    新型コロナの死亡率はなぜか人種により異なっている

  • 10

    新型コロナよりはるかに厄介なブラジル大統領

  • 1

    「集団免疫」作戦のスウェーデンに異変、死亡率がアメリカや中国の2倍超に

  • 2

    気味が悪いくらいそっくり......新型コロナを予言したウイルス映画が語ること

  • 3

    金正恩「死んだふり」の裏で進んでいた秘密作戦

  • 4

    スズメバチが生きたままカマキリに食べられる動画が…

  • 5

    過激演出で話題のドラマ、子役2人が問題行動で炎上 …

  • 6

    優等生シンガポールの感染者数が「東南アジア最悪」…

  • 7

    コロナ禍で露呈した「意識低い系」日本人

  • 8

    日本の「生ぬるい」新型コロナ対応がうまくいってい…

  • 9

    コロナ独自路線のスウェーデン、死者3000人突破に当…

  • 10

    ロックダウンは必要なかった? 「外出禁止は感染抑…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

英会話特集 グローバル人材を目指す Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メールマガジン登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

絶賛発売中!