コラム

北朝鮮問題の背後で進むイラン核合意破棄

2017年08月21日(月)19時30分

こうした核合意破棄に本気であることを見せるトランプ大統領に対して、核合意を維持すべきだと考える論者たちは次々と様々な媒体で議論を展開している。国務省の元制裁担当官で現在は国際戦略研究所(IISS)の研究部長であるフィッツパトリックは、存在しない核兵器をでっち上げてイランに武力介入するようなことがあれば、イラク戦争の二の舞になると警告を発し、同じく国務省で制裁を担当した経験のあるコロンビア大学のネフューはイラン核合意にはサンセット条項(時間が来たら失効する措置)があることは問題だが、それまでに合意を延長すれば良いだけの話であり、その交渉を進めよと提言している(が、トランプ大統領はサンセット条項を問題にしていない)。また、保守系雑誌であるNational Interestですら、イラン核合意は完璧な合意ではないが、それを維持することが米国の国益にかなうと論じている。

またNew York Timesは社説でイランの覇権的行為によって地域の不安定化が進むことが問題であれば、核合意を破棄しなくてもイランを抑止する方法はある、と論じ、Washington PostはOp-edでいかにしてトランプ大統領の要求と現実の核合意をすりあわせていくかという第三の道を模索する提言を行っている(米国の行動が核合意違反と見なされれば結果として約束は守られずイランの核開発は進むと考えられるので、第三の道はないと思われる)。

北朝鮮へのメッセージ

さらに重大な問題として、議論の対象になっているのは、こうしたトランプ大統領の態度が北朝鮮にどのように受け取られるか、という問題である。現在、米国と北朝鮮の間に対話はなく、武力による威嚇と過激なレトリックによる応酬が続くだけだが、いつか北朝鮮が対話のテーブルにつき、核・ミサイルを巡る交渉を進めるとしても、トランプ大統領がイラン核合意に見せた態度のように、一度合意した約束を簡単に破棄するようなことがあれば、北朝鮮も容易に合意はしないであろう。

実際、イランの国会はトランプ大統領が核合意を放棄した際に備えてミサイル開発の予算を増額し、ロウハニ大統領は演説で「米国が追加制裁を続けるなら、核合意以前の状態に数時間で戻してみせる」と牽制した。なお、ウォール・ストリート・ジャーナルCNNロイターなど英語経由の報道ではロウハニ大統領が核合意を離脱する、ないし、破棄すると報じられているが、それは不適切な理解である。ロウハニ大統領は核合意以前の状態に戻せるという能力を示そうとしたのであり、核合意を離脱することを宣言したわけではない。また、この演説は新閣僚の指名承認を得るための場であり、保守強硬派も多数いる国会での演説だったため、やや強い表現を使ったという文脈も考慮しておく必要があるだろう。

仮に北朝鮮と対話し、合意が可能となったとしても、トランプ大統領が国際約束を守らないことが証明されてしまうと、北朝鮮もおいそれと合意することはしないだろう。そうなれば、北朝鮮問題の解決もさらに遠のいてしまうだけに、イラン核合意を破棄するというトランプ大統領の姿勢に対する批判が強まっているのである。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮が戦略巡航ミサイル、「超大型弾頭」試験 国営

ビジネス

利上げの可能性、物価上昇継続なら「非常に高い」=日

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story