コラム

北朝鮮問題の背後で進むイラン核合意破棄

2017年08月21日(月)19時30分

トランプ政権が誕生してから最初の90日報告書は4月17日に発表された。ここでは、苦虫をかみつぶしたような顔でティラーソン国務長官がイランは核合意を遵守しているが、テロを輸出し、中東地域の不安定要因になっていると記者会見で発表した(リンク先ではティラーソン国務長官が発表する動画もある)。国務省は政権交代と共に多くのオバマ政権時代のスタッフが離れてはいたが、それでもトランプ大統領(に限らず多くの核合意反対派の人たち)の核合意認識とは一線を画し、イランの地域における覇権的行動やテロ組織と認定されるレバノンのヒズボラに対する支援などは核合意には含まれず、IAEAの査察結果に基づいて判断した。

しかし、ティラーソンの表情からも読み取れるように、トランプ政権は自らの手でイランが核合意を遵守していることを認めることを強く不満に思っていた。故に、核合意を主導した国務省を外し、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)を中心に「イラン核合意に基づく制裁執行の停止を続けることが国家安全保障に資するかどうか検討する」会議を立ち上げると宣言した(皮肉なことに、これを議会に伝える書簡を発出したのは国務省であった)。

この核合意再検討会議を受け、次の90日報告書ではトランプ政権が核合意の履行を確認しないのではないかという見通しもあった。政権内での権力争いや北朝鮮問題など、様々な要因が絡む中で、国際約束の維持を重視するティラーソン国務長官やマティス国防長官、マクマスター安保担当大統領補佐官、ダンフォード統合参謀本部議長らがイランは核合意を遵守しており、それを認めないとなると核合意を米国が破ることになると主張したが、トランプ大統領はその判断に抵抗したため、発表が遅れることとなった。その背景にはイランに対して強い敵意を持つバノン首席戦略官がいたと言われている

トランプ大統領の本気度

こうして嫌々ながらイランが核合意を遵守していると認めたトランプ大統領だが、二度にわたって納得のいかないまま、イラン核合意を延命させたことに強い不満を持つようになっている。すでにNSCを中心とした核合意再検討会議が機能しなかったため、7月の90日報告の後、再度ホワイトハウスに核合意検討チームを作ることを宣言した。NSCではティラーソン国務長官がメンバーとして入るが、このチームにはティラーソンも入れず、完全に国務省の影響を排除する形にすると言われている。

また、トランプ大統領は「イランが遵守しているというのは簡単だ。とても簡単だ。しかしそれは間違っている。彼らは遵守していない(It's easier to say they comply. It's a lot easier. But it's the wrong thing. They don't comply)」と発言し、事実がどうであれ次の90日報告書には署名しないとまで言い切っている。また、8月に入ってからも「イランは合意を遵守しているとは思えない。彼らは合意の精神に反している」とも発言しているLos Angeles Timesのコラムでは、このトランプ大統領のやり方を「不思議の国のアリス方式」と呼び、結論ありきで政策を作るのはばかげていると非難している。さらにCIAの元副長官は、インテリジェンス情報を政治問題化し、結論ありきで情報収集することは、インテリジェンスの質を落とし、情報機関の信用を失うことになると批判した
。しかし、こうした批判はトランプ大統領には届いていない。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億

ビジネス

アップル、新たなサイバー脅威を警告 84カ国のユー

ワールド

イスラエル内閣、26年度予算案承認 国防費は紛争前

ワールド

EU、Xに1.4億ドル制裁金 デジタル法違反
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 7
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 8
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 9
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story