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高市早苗は日本の「サッチャー」になれるのか? それとも第二の「トラス」なのか...

Japan’s Iron Lady or Tin PM?

2025年10月15日(水)17時36分
セバスティアン・マスロー(東京大学社会科学研究所准教授)
総裁の椅子に座る自民党新総裁の高市早苗

初の女性総裁に選ばれた高市を待ち受けるのは経済でも外交でも山積する課題だ YUICHI YAMAZAKIーPOOLーREUTERS

<歴史的な「初の女性首相」誕生の高揚の裏で、派閥復権と保守強化が進む。高市早苗は「改革」の旗手か、それとも「旧来政治」の継承者か――>

「#変われ自民党」というスローガンの下、10月4日に投開票された自民党総裁選で、高市早苗前経済安全保障相が当選した。10月20日以降に召集される見込みの臨時国会で指名されれば、日本で初めての女性首相が誕生する。

一見した限りでは、歴史的な快挙だ。高市は自民党初の女性総裁であるだけでなく、戦後の日本政界で、トップに上り詰めた数少ない非世襲政治家の1人でもある。遅すぎた変化の訪れを告げる出来事にみえるし、ジェンダー不平等を批判されてきた日本の進歩のイメージとして強力だ。


だが現実には、高市の台頭は、昔ながらの政治への回帰を反映している。

前任者となる石破茂首相は9月、就任から1年足らずで辞任を表明した。きっかけは、自民党が直近の参議院選挙で大敗したことだ。

だが背景には、自民党議員と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関係や裏金事件を受けて、党の改革を約束した石破が根強い抵抗に直面した事実がある。

自民党の旧派閥が再浮上するなかで行われた総裁選では、党内の長老が高市を支援した。日本の保守主義を長らく定義してきた派閥ネットワークが、再び力を持っていることを示した形だ。

高市は既に重鎮を執行部に復活させ、裏金問題の責任の追及を終わらせる姿勢を見せている。

高市が日本初の女性首相に就任したことを伝える英BBCニュース(10月4日)


高市の勝利が示すのは、自民党の「危機モード」だ。新興の右派ポピュリズム政党、参政党などに票を奪われている自民党は支持層流出に歯止めをかけるため、保守路線の強化に舵を切っている。

目新しいパターンではない。1970年代の自民党は、左派に押された保守派が、左派的な福祉・環境政策を導入して権力を維持した。右派ポピュリズムの挑戦にさらされる今、自民党はナショナリズムや反移民的な主張、歴史修正主義に傾斜している。

高市は社会保守主義者を自任し、選択的夫婦別姓にも女系天皇にも反対している。マーガレット・サッチャー元英首相を「憧れの人」と語るが、サッチャーに並ぶ変革者になるか、今はまだ分からない。

故・安倍晋三元首相と近かった高市は、安倍の政治的遺産の担い手というのが大方の見方だ。「アベノミクス」を継承し、財政緊縮より経済成長を優先すると公言。家計支援策を掲げるが、日本の政府債務残高がGDP比230%を超える現状で、財源をどう確保するかは曖昧なままだ。

政治的には、安倍が掲げた「戦後レジームからの脱却」を完遂するべく、憲法改正や防衛力強化の実現を目指す。

実は「日本のリズ・トラス」?

外交政策分野では、安倍が唱えた「自由で開かれたインド太平洋」構想の信奉者だ。日米関係や日米豪印戦略対話(QUAD)の協力の深化を訴え、抑止力増強に向けた地域連携の強化も支持している。

中国や北朝鮮に対するタカ派的態度は、こうした方針と結び付いている。防衛費の増額という主張は、アメリカに歓迎される可能性が高い。

トランプ米政権は、日本がNATOの新目標と同様、防衛費をGDP比5%に引き上げるよう促している(現在、日本のGDPに占める防衛関係費の割合は約1.8%だ)。

一方、高市は靖国神社参拝を重ねてきたため日韓関係の前進が帳消しになり、中国との緊張をあおるリスクをはらむ。地域安全保障の安定化を担う役割へ向けた取り組みが損なわれかねない。

国内では自民党を団結に導きつつ、上がらない賃金や生活費高騰に直面し、不満を募らせる有権者と向き合うことが最大の課題だ。

少数与党政権という現実も待っている。選択肢の1つは連立体制の拡大だ(長年のパートナーの公明党は、10月10日に連立離脱方針を通告)。

高市は、スパイ防止法や移民規制強化への支持で立場を共にするポピュリズム政党に接近する動きを見せている。

高市の台頭は多くの意味で、改革せずに適応する自民党流の生き残り戦略の象徴だ。

変化というスローガンの裏には、より根強い継続性が隠されている。すなわち、有権者の政治疲れや野党の弱体化の中で、カリスマ性のある保守派政治家に依存して権威を維持する在り方だ。

高市体制によって党内右派はまとまるだろうが、組織改革やイデオロギーの多様性に向かう兆しはほぼ見当たらない。

高齢化や格差といった構造的課題の解決には、自民党が後回しにしてきた創造的アプローチが不可欠だ。それでも高市が憲法改正や特定集団の利益を代弁するアイデンティティー政治に力を注げば、中道派有権者を遠ざけ、文化戦争に飽き飽きした国民にそっぽを向かれる恐れがある。

10月27日に来日予定のドナルド・トランプ米大統領との首脳会談、その前後にマレーシアや韓国で行われる首脳会議は、高市にとって最初の外交的試金石になるだろう。

積極的な外交政策と国内での信頼のバランスを取る姿勢を測る機会にもなる。自分は、単なる自民党の政治的生き残りの1ページではない──有権者をそう納得させられるかが、多くのカギを握っている。

成功すれば、高市は日本の保守主義を再定義し、初の女性首相としてレガシーを打ち立てられるだろう。

だが失敗すれば、「日本のサッチャー」という呼称はすぐに消えうせ、党の分断と期待外れのせいでイギリス史上最短の在任期間で終わったもう1人の女性首相、リズ・トラスに例えられることになりかねない。

The Conversation

Sebastian Maslow, Associate Professor, International Relations, Contemporary Japanese Politics & Society, University of Tokyo

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.



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