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問題はトラスではなく英保守党、このままでは野党転落を免れない

The Out of Touch Tories

2022年10月24日(月)11時15分
ベン・ウェリングズ(豪モナシュ大学上級講師〔政治学〕)
リズ・トラス

サッチャー流の経済政策が市場と国民から拒絶されたトラス(中央) HENRY NICHOLLS-REUTERS

<迷走の末、トラス政権は史上最短命で退陣へ。イギリス与党の混乱の原因は、アイデアが貧しい「保守」政党の体質そのものにある>

10月20日、リズ・トラス英首相が辞意を表明した。

相次ぐスキャンダルで辞任したボリス・ジョンソンの後を受けたトラスだったが、大型減税策が市場の混乱と国民の反発を招き、ほぼ全面撤回に追い込まれるなど、政権は迷走状態に陥っていた。支持率は急落し、与党内でも辞任を求める声が高まっていた。

与党・保守党の新党首選出を待って、トラスは首相官邸を去ることになる。9月6日に就任してからわずか45日での辞意表明は、イギリス憲政史上で最も早い。

しかし、現在のイギリス政治の混乱は、トラス個人の資質の問題というより、保守党そのものが抱えている問題が原因と考えるべきだ。

現在の保守党の規則では、党首選の決選投票は国会議員ではなく、一般党員が行う。約18万人の保守党員は、平均的なイギリス国民よりも裕福で年齢層が高い。

そうした人たちがトラスを党首に選んだのだ。トラスの大型減税策も、この層が好む政策だった。

この党首選びの仕組みは、保守党が野党だった頃に採用されたものだ。野党の党首を選ぶのであれば、この方法でも構わないだろう。しかし、与党の党首は次の首相になる。

社会の一部の層だけによって選ばれた首相では、社会全体での正統性を獲得しにくい。

加えて、今日の政治で政党のリーダーの存在感が強まりすぎていることも保守党を苦しめている一因だ。リーダーが注目されるのは時代の潮流でもあるが、この潮流の下、イギリスの首相はもはや「閣僚の中の首席」にとどまらない存在になっている。

有権者が選挙でどの政党に一票を投じるかは、誰が政党のリーダーかに大きく左右されるようになったのだ。

2019年の総選挙では、ブレグジット(英EU離脱)推進を掲げたジョンソン前首相が保守党を大勝に導いた。この選挙結果は、有権者が保守党という政党を支持したというより、ジョンソンというリーダーを支持した結果だとしばしば解釈された。

支持されたのは、あくまでもジョンソン個人とブレグジット推進策であり、新しい支持者たちが将来にわたり保守党を支持し続ける保証はなかった。実際、トラスの経済政策はたちまち有権者に総スカンを食った。

過去からの借り物ばかり

ジョンソンのブレグジット推進路線に引かれて保守党に投票した人たちが望む政策は、大半の保守党員とは異なる。新しい支持者たちは、保守党員と異なり、政府が経済に介入することを好む。

この層の有権者は、ジョンソンが国内の南部と北部の経済格差を解消するために予算をつぎ込むと約束したことを歓迎していた。

そうした経済格差は、80年代のマーガレット・サッチャー元首相率いる保守党政権の下で深刻化したものだった。

ジョンソンに代わりサッチャーをお手本とするトラスが首相に就任すると、貧しい北部の有権者はすぐに新首相にそっぽを向き始めた。

それに追い打ちをかけるように、保守党の強固な地盤であるはずの南部の裕福な郊外住宅地でも、保守党離れが始まった。トラスの「小さな政府」路線の下で、住宅ローン金利と電気料金が跳ね上がったことがその大きな要因だ。

「保守」を名乗っている以上、保守党があまり新しいアイデアを生み出さないのは当然かもしれない。しかし、それにしても保守党のアイデアの貧しさは際立っている。

ジョンソンのブレグジット推進は、大英帝国の時代へのノスタルジアに訴え掛ける政策と言えた。トラスの「小さな政府」路線は、80年代にサッチャーが推し進めた政策への懐古趣味に思える。

保守党から聞こえてくる政治のアイデアはことごとく、過去からの借り物だ。

保守党は過去を参考に未来ヘの道筋を見いだすのではなく、過去への回帰を目指しているように見える。それにより、目下の混乱から自分たちが守られると思っているかのようだ。

過去への回帰を志向する保守党の姿勢は、いまだに変わっていない。

大型減税策を撤回して財務相を更迭したトラスがその後任に据えたジェレミー・ハント新財務相は、2010年代という過去への回帰を目指しているように感じられた。緊縮財政寄りの路線を打ち出したのである。

緊縮財政は、2010年に自由民主党との連立で政権を奪取した際に保守党が打ち出した経済政策だった。

当時のデービッド・キャメロン首相は、財政再建のために緊縮財政路線を推進したが、その打撃を最も受けたのは最貧困層だった。

ジョンソンが懐かしい?

緊縮財政への反発で支持者の離反を招いたキャメロンは、2016年にブレグジットの是非を問う国民投票を行うという政治的賭けに打って出た。党内の強硬なブレグジット推進派を黙らせるために、国民投票でEU残留へのお墨付きを得ようと考えたのだ。

しかし、国民投票はブレグジット推進派の勝利に終わり、キャメロンは辞任した。

その後、ブレグジット推進派は、EU離脱を加速させるために、キャメロンの後任首相であるテリーザ・メイを引きずり下ろして、ジョンソンを新しいリーダーに選んだ。

ジョンソンは総選挙に勝って政権を軌道に乗せたかに見えたが、スキャンダルが後を絶たず、退陣に追い込まれた。

そして、9月に就任したトラスは「小さな政府」路線の予算案を発表して、保守党の地盤である南部でも党への支持を失い始めていた。

しかし、この期に及んでも保守党は過去へのノスタルジアを捨てられないようだ。トラスの後継候補としていま最も人気があるのはジョンソンなのだ。ジョンソン政権が高い支持率を獲得していた日々を再現したいのだろう(編集部注:10月23日、ジョンソンは党首選に出馬しない意向を表明)。

保守党は、党の利害と有権者の利害のズレが見えていない。過去へのノスタルジアを脱却できない限り、保守党の野党転落は免れない。

The Conversation

Ben Wellings, Senior Lecturer in Politics and International Relations, Monash University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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