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アメリカの貿易赤字の解消の鍵は、関税にあらず「農村」にあり

RENEW RURAL AMERICA

2025年5月30日(金)19時35分
アミトラジェート・バタビャル(米ロチェスター工科大学教授)
アメリカの貿易赤字の解消の鍵は関税にあらず「農村」にあり

アメリカが貿易赤字を縮小したいなら、1つの答えは農村部の製造業で革新を進めること(写真はユタ州での大豆の収穫) AP/AFLO

<相手国に高率の関税を課す前に、米国内の農村部への投資を増やせば、輸出実績を大きく高められるかもしれない>

ドナルド・トランプ米大統領は以前から、貿易赤字にはうるさかった。この4月には貿易赤字は非常事態を迎えていると宣言し、貿易相手国に「相互関税」を課すと発表。その一部は一時停止中だが、貿易赤字に対するトランプの執着は続いている。

貿易赤字を減らす方法は基本的には2つ。輸入を減らすか、輸出を増やすかだ。トランプは前者に重点を置いてきたが、より効果的なのは後者──特に、アメリカの農村部に眠る未開拓の輸出機会に目を向けることかもしれない。


農村部と都市部の違いについては長年にわたって研究が行われており、都市部のほうが技術的に進んでいて成長が速く、経済的にも活発であることが分かっている。だが地域間の違いが輸出実績にどう影響するかは、あまり注目されてこなかった。

この点に関する新たな研究が始まりつつある。経済学者は最近、都市部の企業の輸出量が農村部より大幅に多いことを発見した。この差は国の貿易にとって重要な意味を持つ。

研究者らは米国勢調査局の年次企業調査や2017〜20年の貿易統計のデータを基に、都市部と農村部の輸出格差を測定。さらにこの格差の潜在的な要因を「説明可能」と「説明不可能」の2つに分類して、検証を行った。

前者は、経済学で「賦存条件」と呼ばれる要因(例えばデジタルインフラ、再生可能エネルギーへのアクセス、あるいはハイテク分野での雇用機会)の差によるものだ。これらは客観的な観察が可能であることから、「説明可能」な要因とされる。

後者は「構造的優位性」と呼ばれるもの。輸出実績にとって重要な地域特性のことだが、観察ができないため「説明不可能」な要因とされる。

地域ベースの政策が効果的

研究では、都市部と農村部の輸出格差の大部分は「説明可能な要因」の差にあることが分かった。農村部の企業でも都市部の企業と同様の保有資源が与えられれば、この輸出格差を埋めることが可能かもしれない。

驚きだったのは、説明不可能な要因が意外に少なかったこと。つまり農村部の企業は、その地域特性から予想されるものより大きな成果を上げていたのだ。これは、まだ農村部では輸出の潜在的可能性が大きいことを意味している。

輸出に関して都市部のほうが有利な背景には、いくつかの要因がある。

都市部には高学歴の科学技術系の労働者が集まっている。企業は規模が大きく、より高度な技術を持っており、ブロードバンドへのアクセスが優れているためにクラウドの利用頻度も高い。独自の国際的なネットワークを活用していそうな外国出身の経営者も多い。

しかし、これらの格差の多くは政策による解決が可能かもしれない。

例えばクラウド技術の導入はブロードバンドへのアクセスに左右されるため、デジタルインフラへの投資が地方の輸出促進につながると考えられる。

さらに、とりわけ金属製造業のような分野では、農村部の製造業者の労働者1人が生み出す輸出額が都市部と同等か、それ以上であることが分かっている。農村部の製造業を促進することが、輸出格差の縮小に向けた1つの方法になる。

こうした研究は、政策決定に重要な影響を及ぼすだろう。

第1にこれは、貿易赤字の根本原因を他の国々に求める考え方からの転換を促す。そして第2に、個人に直接の支援を提供する「人ベース」の政策ではなく、特定の地域を対象とした「地域ベース」の政策の正当性を支持している。

Towns Set To Be Transformed As Senate Prepares To Pass CHIPS Act

地域ベースの政策の代表例が、ジョー・バイデン前米大統領のものだ。

バイデン政権下ではインフレ抑制法、CHIPSおよび科学法とインフラ投資雇用法という主に3つの法律に基づいて農村部に多額の連邦資金が投入され、そのうち約43%(4400億ドル)が特定の地域を対象にした投資、あるいは農村部特有の課題を解決するための投資だった。

これを受けて研究者や政策立案者は、農村部の輸出実績の低さがブロードバンドへのアクセスなど説明可能な要因にあるのか、それとももっと対処が難しい本質的に不利な条件にあるのかを考えている。

これらの研究は、都市部と農村部の輸出格差の多くが農村部特有の不利な条件ではなく、生産資源の不平等な分配に起因するという有力な証拠を示すものだ。

適切な投資が行われれば、アメリカの農村部は今までよりずっと大きな役割を果たせるかもしれない。一連の研究結果は、連邦政府が農村部振興を継続的に支援することの重要性も示している。

アメリカが貿易赤字を縮小したいなら、その1つの答えは農村部の製造業でさらに革新を進めることかもしれない。


Reference

Han, Luyi, Timothy R. Wojan, Zheng Tian, and Stephan J. Goetz. 2025. "Explaining the Urban-Rural Export Gap: Evidence from U.S. Firms."Journal of the Agricultural and Applied Economics Association. 1-19. DOI: doi.org/10.1002/jaa2.70009

The Conversation

Amitrajeet A. Batabyal, Distinguished Professor, Arthur J. Gosnell Professor of Economics, & Head, Department of Sustainability,Rochester Institute of Technology

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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