最新記事
ガザ

「餓死しない程度に飢えさせろ」...イスラエルの最大の兵器、ネタニヤフによる「究極の兵糧攻め」とは?

Starving Gaza

2025年5月27日(火)16時06分
ヤラ・アシ(米セントラルフロリダ大学助教)
食料を受け取るガザの人々

既にガザの食糧危機は限界を超えたレベルにある(5月21日、ガザ市) MAJDI FATHIーNURPHOTOーREUTERS

<運び込まれる物資は必要量の50分の1以下、検問所では支援物資が腐り落ちる。戦争のルールを定めたジュネーブ条約でも禁じられた「兵器」で壊滅するガザの食料事情>

パレスチナ自治区ガザに支援物資がきちんと届かなければ、48時間以内に1万4000人の乳幼児が死ぬ恐れがある──。トム・フレッチャー国連事務次長(人道問題担当)が英BBCラジオで、そんな具体的な警告を発したのは5月20日のことだ。

その前日、イスラエルは約2カ月半ぶりにガザ封鎖を一部解除し、人道支援物資の搬入を認めたと発表した。だが、フレッチャーが率いる国連人道問題調整事務所(OCHA)は、ガザに入ったトラックはわずか9台だったと報告。必要なのは1日500台だ。


イスラエルは、ガザを実効支配するイスラム組織ハマスが2023年10月7日にイスラエルを急襲したことに対する報復作戦を続けている(いわゆるガザ戦争)。これはガザに壊滅的な人道危機をもたらす恐れがあると、筆者らパレスチナの公衆衛生の専門家は当初から警告してきた。

その警告が、今、現実になりつつある。

もともとガザに入る人道支援物資は、イスラエルによって厳しく管理されてきた。このため今回のガザ戦争の勃発当初から、物資の流通がこれまで以上に難しくなるのではないかという不安があった。

実際、イスラエルの大規模な軍事作戦が始まってからわずか2週間後、国際NGOのオックスファムは、ガザには通常の2%の食料しか届いていないと告発し、「飢えが戦争の武器として使われる」ことに警告を発した。

その後も物資の搬入は不安定だったが、決定的だったのは今年3月2日、イスラエルがほぼ完全なガザ封鎖に踏み切ったことだ。このため5月初旬には、国連の複数の専門家が、直ちに暴力に終止符を打たなければ「ガザに住むパレスチナ人の全滅」もあり得るという、衝撃的な見通しを示す事態に発展した。

今回のガザ戦争の死者は既に5万3000人に達し、負傷者は12万人に上るが、人為的に生み出された飢えはさらに多くの命を奪うだろう。なにしろ過去1年半にわたるイスラエルの激しい爆撃で、ガザでは農場からパン屋、食品工場までが破壊され、食料システムと呼べるものが存在しなくなっているのだから。

検問所で腐る支援物資

ただ、前述のとおり、ガザにおける食料安全保障の低下と、それを生じさせたメカニズムは、今回のガザ戦争の前から存在した。

国連は、「十分な量の安全かつ栄養のある食料への日常的アクセスが欠如している状態」を食料不安と定義している。そして、OCHAの報告によると、ガザでは22年の時点で、住民の65%が食料不安に陥っている。

その原因は複数ある。07年にハマスがガザを実効支配するようになったとき、イスラエルが実施した経済封鎖もその1つだ。これにより、ガザに搬入される物資は全て、所定の検問所でイスラエル当局の検査を受けなければならなくなり、場合によっては搬入が却下されるようになった。

基本的な食料品は搬入が許されていたが、検問所で検査を待っている間に腐ってしまうこともある。09年のイスラエルの日刊紙ハーレツの調査によると、サクランボ、キウイ、アーモンド、ザクロ、チョコレートなどは搬入が全面的に禁止されていた(後に一部緩和された)。

イスラエル政府は、ガザ住民の暮らしを困難にして、ハマスに圧力をかけるのが目的だと主張してきた。「パレスチナ人にダイエットを課すだけで、飢え死にさせようとしているわけではない」と、あるイスラエル政府顧問は06年に語っている。

実際、イスラエル政府は08年に、パレスチナ人を栄養失調にならないレベルで飢えさせるための必要カロリーを専門機関に調査させている。今年5月の、「飢餓危機が発生しない」レベルの「基本的な食料」のみガザへの搬入を認めるという決定も、根っこにあるのは同じ考え方だ。

長期にわたる経済封鎖は、ガザ経済の発展も妨げた。なにしろガザからの商品の輸出入には莫大なコストがかかるし、多くの障壁によって諸外国との貿易もままならない。このため22年後半のガザの失業率は約50%に達し、多くの住民はますます食料支援に依存するようになった。

ガザには「食料主権」がないという考え方もできる。

今回の戦争の前から、ガザの漁師たちが、イスラエルの許可する海域を超えて操業すると、イスラエル当局の銃撃を受けた。沿岸部で取れる魚は小さく、漁獲量も限られているため、ガザの漁師の収入は17年以降半減してきた。

また、今回の戦争で、ガザの農地の大部分は使えなくなった。温室や耕作地、果樹園、家畜、食品工場など、食料生産に必要なインフラも大きなダメージを受けた。だが、国際社会は再建支援を躊躇している。数年もすればまた爆撃を受けて、破壊されてしまうと分かっているからだ。

50万人が飢えに直面する

3月以降の封鎖は、ガザの食料自給自足能力を一段と奪った。5月の時点で農地の約75%が破壊され、多くの家畜も失われた。かんがいに使用されてきた農業用井戸の3分の2は機能しなくなっている。

戦争の手段として民間人を飢えさせることは、戦争のルールを定めたジュネーブ条約で固く禁じられているし、18年の国連安保理決議2417号でも非難されている。

国際人権団体のヒューマン・ライツ・ウォッチは、イスラエルが飢えを戦争の武器として利用していると非難しており、アムネスティ・インターナショナルも、経済封鎖はイスラエルにジェノサイド(集団虐殺)の意図がある証拠だとしている。

だが、イスラエル政府は、ガザにおけるいかなる人命の喪失もハマスのせいだと主張して譲らない。それと同時に、ガザからパレスチナ人を完全に排除することが真の狙いであることを、少しずつほのめかしている。

WHO(世界保健機関)によると、3月のガザ封鎖開始以降、栄養失調で死亡した子供は57人。世界の食料不安を追跡する総合的食料安全保障レベル分類(IPC)は、9月までに50万人(ガザの人口の5人に1人)が飢えに直面するとの予測を示した。

それでも、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、支援物資の一部搬入を許可したのは、同盟国が「集団飢餓の画像」を見て圧力をかけてきたからだと公言。基本的な姿勢を改めるつもりはないことを示唆している。

The Conversation

Yara M. Asi, Assistant Professor of Global Health Management and Informatics, University of Central Florida

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


ニューズウィーク日本版 岐路に立つアメリカ経済
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年6月3日号(5月27日発売)は「岐路に立つアメリカ経済」特集。関税で「メイド・イン・アメリカ」復活を図るトランプ。アメリカの製造業と投資、雇用はこう変わる

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、米信頼感指数改善で 超長期

ワールド

ガザ南部の配給拠点に数千人が殺到、器物損壊も 約4

ビジネス

米国株式市場=大幅反発、トランプ氏の対EU関税延期

ビジネス

インフレ動向に応じ金利政策の中道を模索=レーンEC
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:岐路に立つアメリカ経済
特集:岐路に立つアメリカ経済
2025年6月 3日号(5/27発売)

関税で「メイド・イン・アメリカ」復活を図るトランプ。アメリカの製造業と投資、雇用はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多い国はどこ?
  • 2
    【クイズ】世界で2番目に「金の産出量」が多い国は?
  • 3
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界の生産量の70%以上を占める国はどこ?
  • 4
    ヘビがネコに襲い掛かり「嚙みついた瞬間」を撮影...…
  • 5
    空と海から「挟み撃ち」の瞬間...ウクライナが黒海の…
  • 6
    ハーバード大学にいられなくなった留学生、中国の大…
  • 7
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 8
    広島・因島の造船技術がアフリカを救う?...「もみ殻…
  • 9
    米国債デフォルトに怯えるトランプ......日本は交渉…
  • 10
    【クイズ】PCやスマホに不可欠...「リチウム」の埋蔵…
  • 1
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドローン母船」の残念な欠点
  • 2
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界の生産量の70%以上を占める国はどこ?
  • 3
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 4
    デンゼル・ワシントンを激怒させたカメラマンの「非…
  • 5
    アメリカよりもヨーロッパ...「氷の島」グリーンラン…
  • 6
    友達と疎遠になったあなたへ...見直したい「大人の友…
  • 7
    人間に近い汎用人工知能(AGI)で中国は米国を既に抜…
  • 8
    コストコが「あの商品」に販売制限...消費者が殺到し…
  • 9
    空と海から「挟み撃ち」の瞬間...ウクライナが黒海の…
  • 10
    「空腹」こそが「未来の医療」になる時代へ...「ファ…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 5
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 6
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 7
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 9
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 10
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中