ジョセフ・ナイが遺した「ソフトパワー」...トランプ再登場でその理想も静かに幕を閉じる

THE LOSS OF NYE’S WORLD

2025年5月22日(木)09時08分
スザンヌ・ノッセル(元米国務副次官補)

newsweekjp20250521051710.jpg

議会公聴会でリチャード・アーミテージ元国務副長官と安全保障について証言(07年) ALEX WONG/GETTY IMAGES

ナイは1937年、ニュージャージー州の小さな農村に生まれた。プリンストン大学に学んだ後、ハーバード大学で博士号を取得し、同大学の教員となった。政治学者ロバート・コヘインとの77年の共著『パワーと相互依存』(邦訳・ミネルヴァ書房)は、すぐさま古典の仲間入りをする名著だった。

この本は、当時のヘンリー・キッシンジャー時代を支配した現実主義への厳しい一撃となった。ベトナム戦争と73年の石油危機の経験を基に、つながり合う世界で生じる諸問題は経済力や軍事力だけでは対処が困難であり、協力態勢と集団による制度構築が必要だと指摘した。


グローバル化の概念を先取りした初期の業績では、国際政治の力学が働く多層的な構造を分解し、地政学に大きく影響しつつも見落とされがちな力を浮き彫りにしている。ナイは表面的には見えにくいダイナミクスに焦点を当て、分析し、呼び名を付ける名手だった。

90年にはフォーリン・ポリシー誌に寄せた論考で、「ソフトパワー」という概念を提唱した。この用語は経済力や軍事力ではなく、自国の在り方が模範となることや、文化的な魅力、道徳的な説得力によって、他国の考え方や行動を望ましい方向へ導く国家の能力を指していた。

ナイは90年の著書『不滅の大国アメリカ』(邦訳・読売新聞社)で、この概念をさらに詳述した。

ここで彼は、アメリカは建国の物語や憲法の価値観、加えて技術と芸術において革新的な役割を担いがちなため、ソフトパワーを発揮する独特な立場にあると論じた。それにより、他国が台頭しても相対的な衰退を食い止めることができるとした。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アマゾン、プライムデー米売上高28%増の238億ド

ワールド

トランプ氏、公判中のブラジル前大統領擁護 「ボルソ

ワールド

EXCLUSIVE-米支援の団体名義でガザ住民向け

ワールド

フーシ派、紅海でギリシャ企業の貨物船を攻撃 今年初
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 2
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 5
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 6
    米テキサス州洪水「大規模災害宣言」...被害の陰に「…
  • 7
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 8
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 9
    ギネスが大流行? エールとラガーの格差って? 知…
  • 10
    新党「アメリカ党」結成を発表したマスクは、トラン…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中