最新記事
ヘルス

テストステロン値が低いと早死にするリスクが高まる──新研究

Low testosterone in men associated with an early death – new study

2024年5月23日(木)16時49分
ダニエル・ケリー(英シェフィールド・ハラム大学・生物化学上級講師)

テストステロン値が低下するとEDから心臓病にもなりかねない Djavan Rodriguez-Shutterstock

<ただしそれは、テストステロン値の低下が心臓病などの慢性疾患によって引き起こされているせいかもしれない。早死にを避けたいなら健康的な生活でテストステロン値の低下を防ぐこと。ホルモン補充療法の選択肢の一つだ>

男性ホルモンのテストステロンは長年、寿命を縮めると考えられてきた。去勢された動物や朝鮮王朝の宦官の寿命が長いという研究もこれを裏付けているようだった。だが米内科学会の学術誌「内科学会紀要」に掲載された新論文はこの「定説」に疑問符を突きつけている。

西オーストラリア大学チームが率いたこの研究は、メタ解析と呼ばれる手法で、過去に実施された信頼性の高い11の研究データを統合し、テストステロン値が寿命に及ぼす影響を調べたものだ。最低5年間、男性被験者を追跡したこれらの研究データから、テストステロン値が最も低いグループが最も死亡率が高いことが分かった。

死因は特定されていなかったが、メタ解析の結果、心臓病による死亡が大半を占めることが明らかになった。心臓病は今でも世界中で男性の死因の上位を占めている。

興味深いのは、血管が詰まるなど心臓病を引き起こす現象は、勃起不全(ED)にも関与していると考えられることだ。

EDは性行為を行うのに十分な勃起が達成できないか持続できない障害で、しばしば心臓病の症状が出るよりもかなり前に起こり、既存の、もしくは将来的に起きる心臓の不調を早期に警告するサインともなる。

ニワトリが先か卵が先か

テストステロン値がEDに大きな影響を及ぼすことは知られており、そこからもテストステロン値と心臓病には関連性があると考えられる。

テストステロン値は通常、加齢に伴って低下する。男性では30歳を超えると、年に約1%のペースで減少し、大幅な減少によるさまざまな不調を「男性更年期障害」と呼ぶこともある。

加齢によって減少するのは、精巣のテストステロン生産能力と、精巣に生産を促す信号が徐々に弱まるせいでもあるが、他の要因も関与している。慢性疾患もその1つだ。

問題は、テストステロン値の低下が慢性疾患を引き起こすのか、その逆か、だ。

新論文の限界は、テストステロン値の低さが寿命を縮める直接的な要因かどうかを確認できなかったことだ。慢性疾患があればテストステロン値は下がる。となると、テストステロン値の低さは慢性疾患があることを示す指標で、慢性疾患があれば、特に慢性的な炎症をもたらす疾患(肥満もその1つだ)があれば、早死にする確率は高くなる。

ニワトリが先か卵が先かの謎を解くヒントは、前立腺癌のホルモン療法に見いだせる。前立腺癌の治療では、テストステロンの分泌を強力に抑制する薬が用いられるが、この療法には心臓病と脳卒中の発症率を高めるリスクがある。

テストステロン値の低下を防ぐには?

つまりテストステロン値の低さは慢性疾患の指標ともなり得るが、将来的に慢性疾患を発症させる要因の1つでもあり、ことによると寿命を縮める要因ともなる、ということだ。

テストステロン値がどの程度なら「低い」と見なされるかは一概には言えない。ある人のテストステロン値を測定しただけでは、低いか高いかは判定できない。個々の男性によって、適正値は異なるからだ。

研究者たちは、どのレベルなら慢性疾患の発症リスクが高まるかを探るため、さまざまな集団で大勢の被験者のテストステロン値を測定し、その平均を基に、正常な範囲を設定しようとしている。危険レベルが分かれば、医療的介入をしやすくなるからだ。

だが、基準値の設定は一筋縄ではいかず、往々にして危険因子の影響がよほど大きくなければ、正常範囲を設定できない。新論文によれば、おおむねテストステロン値が非常に低い場合に、早死にのリスクが明らかに高まると考えられる。

このことから言えるのは、一般的な正常レベルがどうあれ、あなた自身のテストステロン値が大幅に下がったら要注意と考えたほうがいい、ということだ。

となると、気になるのは、テストステロン値の低下を防ぐにはどうすればいいか、だろう。

ホルモン補充療法も選択肢の1つ

真っ先に言えるのは、健康的な生活習慣を実践し、太り過ぎないようにすること。既に大幅に低下しているのなら、ホルモン補充療法も選択肢の1つとなる。

男性ホルモン補充療法で、あらゆる死因による早死にや心臓発作などのリスクが減ることを示す論文が次々に発表されている。だが長年、テストステロンの補充で心臓発作のリスクが高まると言われてきたせいで(そうした主張の多くは今では覆されている)、いまだにこの療法への抵抗が根強くある。

少なくともこの療法で心臓病のリスクが高まる心配はないことは、既に多くの研究で実証されているが、リスクを下げる効果が期待できるかどうかは検証中の段階だ。

今はまだテストステロン値を高めれば、心臓発作で早死にするリスクを減らせる可能性が見えてきただけで、補充療法が一般的な選択肢になるにはかなりの時間がかかりそうだ。

となると、健康長寿を願う中高年男性が今すぐ実践すべきは? そう、生活習慣を見直して、テストステロン値の低下を防ぐことだろう。

The Conversation

Daniel Kelly, Senior Lecturer in Biochemistry, Sheffield Hallam University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.



20240730issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年7月30日号(7月23日発売)は「トランプ暗殺未遂」特集。前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中