最新記事
スマートニュース・メディア価値観全国調査

「イデオロギーの対立」は社会にどれくらい根付いているか?

2024年2月5日(月)17時00分
遠藤晶久(早稲田大学社会科学総合学術院教授)
(写真はイメージです) Lightspring-Shutterstock

(写真はイメージです) Lightspring-Shutterstock

<大規模世論調査「スマートニュース・メディア価値観全国調査」が明らかにした日本の「分断」。連載第3弾では、日本社会の対立はどこにあるのか、早稲田大学社会科学総合学術院教授・遠藤晶久氏が解説する>

■本連載の記事一覧はこちら

筆者が初めて日本のイデオロギーについて研究報告をしたのは2013年。今から10年前のことである。そのときは、1980年代から2010年代初頭の世論調査データから、人々のイデオロギー認識が弱まっていること、さらに、それにとどまらず、イデオロギーの理解に世代差があることを報告した。50代以上の有権者は自民党を「保守」、共産党を「革新」と位置づける一方で、40代以下の有権者は「革新」側に共産党ではなく日本維新の会を位置づけているという報告であった。幸い、報告は概ね好評で(「手応えがある」という状態を初めて体験した)、その後、その報告は論文や本の執筆へとつながっていった。

10年前のその当時、第2次安倍晋三政権が発足したばかりではあったものの、55年体制崩壊から民主党政権までの流れを見れば、日本政治においてイデオロギーはもはや後景に退いたかに思われていた。2012年に出版された蒲島郁夫・竹中佳彦『イデオロギー』はこのテーマについての集大成であり、「今後はイデオロギーの弱体化は一層進むだろう」と筆者自身も考えていた。しかし、第2次安倍政権が長期政権となっていく過程で自民党は右傾化し、他方で、野党第一党も分裂と合流を繰り返しながらイデオロギー的に純化され、左傾化した。今ではそのような政党レベルの分極化現象を指しながら、日本政治の「再イデオロギー化」が議論されている。

そのような状況の中で、この10年間、筆者自身もイデオロギーや政策対立に関する様々な分析や調査を実施してきた。日本の分断を実証的に検討する「スマートニュース・メディア価値観全国調査(SmartNews Media, Politics, and Public Opinion Survey)」(以下、SMPP調査)への参加要請を受けたのは、それゆえであろうと考えている。社会の分断を疑うとき、政治学者であればまずはイデオロギーや政策争点についての検討が最初に思い浮かぶ。

この記事では、SMPP調査の結果紹介として、まずは政策質問とイデオロギー質問に基づきつつ、有権者の政治対立について検討したい。SMPP調査では、政策争点に関して16の項目を取り上げて、その文言に対する賛否を尋ねている。これまでの様々な研究を踏まえて、政策争点については多岐に渡って取り上げるように工夫をした。また、場合によっては難しい質問もあるため、「わからない」という選択肢は明示的に提示した。その結果が図1である。「賛成」と「どちらかといえば賛成」が多い順番に並べてある。

図1 政策質問の回答分布
newsweekendo1.png

図1を見ると、75〜80%の回答者が合意しているような争点はそれほど多くなく、「道徳教育の充実」への賛成(+どちらかといえば賛成)と「女性天皇反対」への反対(+どちらかといえば反対)だけである。興味深いのは、「道徳教育の充実」と「女性天皇反対」のいずれも保守派の主張であるのに対し、前者については支持されているが、後者については不支持が多いというように、世論は保守の言説ともリベラルの言説とも必ずしも一致しないことである。

賛否の差が30%以上あり、多数派と少数派に分かれる項目としては、反対よりも賛成の割合がかなり多い「財政出動」「夫婦別姓」「同性婚」「防衛力強化」や、賛成よりも反対の割合がかなり多い「コロナ感染対策の徹底」「公務員数の拡大」「ワクチン義務化」が挙げられる。

賛否が拮抗しているのは「ガソリン車廃止」(賛成36%、反対41%)、「移民受け入れ」(賛成35%、反対45%)といった比較的新しい争点である。ただし、注意が必要なのは「わからない」という回答の多さである。「ガソリン車廃止」では24%、「移民受け入れ」では20%が「わからない」を選択している。

この2つの項目だけでなく他の質問項目でも10%〜30%の「わからない」回答が見られる。16項目すべての政策質問に答えられたのは全体の26%に過ぎず、1/3の回答者は4つ以上の項目で「わからない」(あるいは無回答)を選択している。

私たちが作成した質問の中には普段それほどニュースにならないような項目があるのも事実ではあるが、政党レベルでは激しい対立が報じられるような政策においてでも「わからない」は相当程度みられるのが特徴と言える。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ルイジアナ州に州兵1000人派遣か、国防総省が計画

ワールド

中国軍、南シナ海巡りフィリピンけん制 日米比が合同

ワールド

英ロンドンで大規模デモ、反移民訴え 11万人参加

ビジネス

フィッチが仏国債格下げ、過去最低「Aプラス」 財政
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 9
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中