最新記事
スマートニュース・メディア価値観全国調査

日本の「分断」を追う10年プロジェクト始動──第1回調査で垣間見えた日米の差異

2024年1月31日(水)17時00分
山脇岳志(スマートニュース メディア研究所長)
(写真はイメージです) Lightspring-Shutterstock

(写真はイメージです) Lightspring-Shutterstock

<大規模世論調査「スマートニュース・メディア価値観全国調査」が明らかにした日本の「分断」。連載第1弾では、米国との差異を、スマートニュース メディア研究所長・山脇岳志氏が解説する>

■本連載の記事一覧はこちら

筆者は、前職の朝日新聞記者時代、2000〜2003年と、2013〜2017年の2度にわたり米国のワシントンD.C.に駐在した。初回の赴任時には同時多発テロ、二度目はトランプ氏の大統領当選と、それぞれ世界に衝撃を与えた「大事件」があった。

ただ、そうした事件以上に、私にとってインパクトがあったのは、実は「10年のブランク」だったかもしれない。2度の勤務の間は、米国に出張する機会すらほとんどなかった。そのため、10年ぶりに米国社会に触れたときの社会的分断の深刻化、そしてフェイクニュースの爆発的な広がりは、立ちすくむほどであった。

2000年の大統領選も、激しい選挙だった。僅差の戦いとなる中、フロリダ州の集計が混乱し、最後は最高裁の判断にもつれこんだ。だが、勝敗が決まったのち、勝者のジョージ・W・ブッシュ氏(共和党)と敗者のアル・ゴア氏(民主党)は、お互いを讃えあい、融和を呼びかける品格があった。主流メディアが民主党寄りだという共和党側の不満はあったものの、メディア不信もさほどではなかった。

それが、2016年の大統領選は、どうだろう。トランプ氏は政治集会の度に、後方のジャーナリストたちの席を指差し、「彼らを見ろ」と聴衆をあおり、聴衆が「最も不誠実(Dishonest)なやつらだ」と一斉に叫ぶのが「定番」となっていた。トランプ氏は、主流メディアによる報道を「フェイクニュース」と呼び、メディアは「Absolute scum(全くのクズ)」であり、「米国人の敵」であるとも言い放った。トランプ氏に熱狂する共和党支持者の間で、メディアへの信頼度は、ぐんぐんと下がっていった。

トランプ支援集会では、支持者たちが、対立候補のヒラリー・クリントン氏について「あの女を(牢屋に)ぶちこめ!(Lock her up!)」と叫ぶ光景もよくみられた。クリントン氏は、選挙戦の中で、トランプ支持者の半数は「嘆かわしい人(Basket of deplorables)」と発言し、トランプ支持者の怒りは増幅された。

2004、5年ごろから急速に普及したSNSは、米国から遠く離れたロシアによる選挙への介入や、マケドニアの若者たちが金儲けのために米国大統領選がらみのフェイクニュースを大量生産し、拡散することも可能にした。

私が直接取材した2000年と2016年の選挙はともに、一般投票の総得票数でまさった候補が敗れる珍しい選挙であった。ただ、同じ事象でも、分断の激化と相手への中傷という点で、比較にならないほど後味が悪かったのが、2016年の選挙であった。

米国の継続調査で、驚くほどの「分断線」が明らかに

分断の激化という現地での「皮膚感覚」を裏付けてくれたのは、ピュー・リサーチセンターなどの継続的な調査である。同センターでは、10の価値観について定点観測を続けているが、2004年と2017年を比較すると、わずか10数年の間に、保守層(共和党支持層)とリベラル層(民主党支持層)の「分断」がどんどん広がっていることが、図表1、2ではっきりと確認できる。

SMPP:山脇ver5_1.jpg

SMPP:山脇 ver3_2.jpg

また、下記のギャラップ社の継続調査から、「メディア不信」の偏りが明確に読み取れる。1972年においては、米国民は、共和党、民主党の党派や無党派にかかわらず、全体としてメディアを信頼しており、「とても(Great deal)信頼している」「まあ(Fair amount)信頼している」の合計で、68%にものぼっている。その後、下落傾向にあるものの、2000年前後は、まだそれほど党派別の差はない。

だが、それ以降、共和党支持者の間で信頼度は急速に低下していく。トランプ政権を経て、2022年のデータでは、民主党支持者の70%がメディアを信頼しているのに対して、共和党支持者では14%にすぎない(図表3参照)。保守とリベラルで、視聴・購読しているメディアが全く違うことも、ピュー・リサーチセンターなどの調査でわかっている。

SMPP:山脇ver4_3.jpg

一方、日本の「分断」はどうなっているのだろうか。自民党の安倍晋三政権が長期にわたって続いた中で、保守層とリベラル層の対立の激化や、メディアへの不信が高まりつつあるという指摘はある。そうした分断や亀裂を憂慮する人は多いが、分断を修復する処方箋を考える上でも、まず、日本の分断がどこにどういう形で存在しているのか、その「実相」をつかむことが重要だろう。

新聞社からスマートニュースのシンクタンク(スマートニュース メディア研究所)に転職するに際して実現したかったのは、日本においても、長期間にわたり人々の価値観の変化を追いかけたり、また人々の価値観の形成とメディア接触との関係を調査して、世の中にわかりやすく伝えることであった。

その思いは私の個人的願望から、やがて、「健全な情報空間の創出」を目指すスマートニュースの経営陣の賛意を得るに至り、2023年を皮切りに、10年という長期にわたるプロジェクト(2年ずつの調査)がスタートした。

「スマートニュース・メディア価値観全国調査(SmartNews Media, Politics, and Public Opinion Survey)」(以下、SMPP調査)は、上記の経緯から生まれた。調査を行うにあたって研究会を立ち上げ、共同座長には、「世界価値観調査」や「アジアンバロメータ調査」で日本の中心になっておられる池田謙一・同志社大学教授(社会学部メディア学科)と、豊富な調査経験に加え、日本の社会調査データの保存と共有に先導的役割を果たしてこられた前田幸男・東京大学教授(東京大学大学院情報学環・東京大学社会科学研究所)のお二方に就任をお願いした。

また、今回の日米比較を共同で行った小林哲郎・早稲田大学教授(政治経済学術院)など、多様な分野の研究者の方々にメンバーに加わっていただき、調査のフォーカスを定め、質問項目を練り上げていった。調査は郵送とWebの2方式で実施したが、本稿は、2023年3月に全国の男女4460人を対象に行い、1901人が回答した郵送調査の結果から分析している。

創設5年の新しいシンクタンクのアイデアが、大規模世論調査として結実したのは、両座長や研究会メンバーの方々のご尽力のおかげである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中