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原発処理水の海洋放出は安全だ

Yes, It’s Safe!

2023年3月14日(火)12時20分
ナイジェル・マークス(豪カーティン大学准教授・物理学)、ブレンダン・ケネディ(豪シドニー大学教授・化学)、トニー・アーウィン(オーストラリア国立大学名誉准教授・原子核物理学)
東京電力福島第一原子力発電所

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

<適切な処理とモニタリングを経た放出は理にかなっている>

東京電力福島第一原子力発電所の事故から12年。放射性物質を含む処理水を太平洋に放出する準備が進んでいる。これにより、処理水を保管している1000基余りのタンクに余裕が生まれ、重要な復旧作業のためのスペースが確保されるだろう。

一見すると、放射性物質を含む水を海に放出するなど、とんでもないことに思える。国際環境保護団体グリーンピースは2020年に、放出される放射性物質が人間のDNAを損傷する恐れもあると指摘。中国と韓国も放出計画に不快感を示し、太平洋諸島諸国は青い太平洋で核汚染が広がると懸念している。ある論文によると、福島第一原発の処理水放出が世界の社会福祉にもたらすコストは、総額2000億ドルを超えるという。

しかし、日本政府とIAEA(国際原子力機関)は、放出計画は安全だと明言しており、独立した科学者がこれを支持している。

筆者たちも原子力科学と原子力発電の専門家として、同じ結論に達した。その評価は処理水と共に放出される放射性物質の種類、海洋に既に存在する放射性物質の量、IAEAによる独立した高いレベルの監視体制に基づいている。

福島第一原発の敷地内に並ぶ巨大なタンクには、オリンピックで使われるサイズのプール約500杯分に相当する130万トンの処理水が保管されている。現在も原子炉の冷却が行われており、処理水は毎日発生する。さらに、損傷した原子炉建屋の地下にも汚染された水がたまっている。

これらの水は多核種除去設備(ALPS)を通過して、放射性物質の大部分が除去される。ALPSの浄化処理は、濃度が規制値を下回るまで繰り返し行われる。IAEAによる独立したモニタリングにより、海洋に排出する前に全ての要件を満たしていることが確認される。

処理後に残る主な放射性汚染物質は、トリチウム(三重水素)だ。これだけの量の水から微量のトリチウムを除去する技術はまだない。

トリチウムの半減期は12.3年で、放射性物質が無視できるレベルになるには100年かかる。そこまで長期の保管は、処理水の量が多すぎて現実的ではない。また、長すぎる保管は、偶発的で制御不能な放出のリスクが高まる。

他の放射性元素と同じように、トリチウムの安全レベルには国際基準がある。福島第一原発から海洋放出される処理水の基準は1リットル当たり1500ベクレル。WHOが推奨する飲料水の水質基準の1リットル当たり1万ベクレルに対して約7分の1にすぎない。

40年排出している原発も

驚くことに、放射線は世の中に広く存在する。空気、水、植物、地下室、花崗岩の天板など、ほとんどの物質はある程度の放射線を出す。長距離の航空便は機内の全員が、胸部レントゲン撮影数枚分の放射線を受けている。

トリチウムは、大気中の自然現象によって毎年50~70ペタベクレルが生成される。1ペタベクレル=2.79グラムで換算すると、毎年150~200グラムが自然に生成される。

太平洋の水中には、既に約8.4キロ(3000ペタベクレル)のトリチウムが存在する。それに対し、福島第一原発が排出する処理水に含まれるトリチウムの総量は3グラム(1ペタベクレル)程度と、圧倒的に少ない。

さらに、今回の計画は水を一気に放出するのではなく、1年間に放出される処理水に含まれるトリチウムはわずか0.06グラム(22テラベクレル)だ。太平洋に既に存在する放射線に比べれば文字どおり、大海の一滴である。

太平洋に存在するトリチウムの放射線レベルは、懸念するほどではない。従って、福島第一原発の処理水放出で追加される程度の量なら、害はないだろう。

全ての原子力発電所は少量のトリチウムを生成しており、日常的に海や水路に排出している。生成量は原子炉の種類によって異なり、福島第一原発のような沸騰水型原子炉は比較的少ない。稼働当時、トリチウムの排出規制値は年間22テラベクレルで、有害なレベルをはるかに下回っていた。

一方、イギリスのヘイシャム原発はガス冷却炉が多くのトリチウムを生成するため、規制値は年間1300テラベクレルだ。ヘイシャム原発はこれまで40年間、人や環境に害を与えることなくトリチウムを排出している。

日本の近隣諸国にある原発の年間トリチウム排出量は、福島第一原発の規制値をはるかに超える。中国の福清原発は20年に52テラベクレル、韓国の古里原発は18年に50テラベクレルを排出している。

今回の放出計画への反対意見は、メディアで広く取り上げられてきた。米タイム誌は、太平洋島しょ国が数十年にわたり、冷戦時代の核実験の遺物の問題に取り組んできたことを説明した。英ガーディアン紙には、核廃棄物が安全なら「東京で捨てて、パリで実験し、ワシントンで保管すればいいが、私たちの太平洋に核を持ち込ませない」という南太平洋のバヌアツの政治家のコメントが掲載された。

反対派が見落とす点

太平洋諸島フォーラム(PIF)は22年3月に専門家パネルを任命し、独立した立場から技術的な助言を依頼した。専門家パネルは日本当局が提供するデータの量と質に批判的で、今回の海洋排出は延期するべきだと助言した。

しかし筆者たちは、科学的データに改善の余地があるという見解には共感するが、海洋放出に対して専門家パネルは不当に批判的だと考える。

専門家パネルに最も欠けているのは大局的な視点だ。また、当局がタンクの中の状態を把握していないと暗に示しているが、実際は多くの情報が公開されている。そして、彼らが見落としている最も重要な点は、汚染された水は安全に放出できるレベルになるまで、繰り返しALPSの処理が続けられるということだ。

地震は第1次の環境災害であり、地球は何十年にもわたってその結果に対処しなければならない。筆者たちの見解では、福島第一原発の処理水の放出は、さらなる災害を助長しない。

放射性物質を含む液体廃棄物が海に放出されることを、案ずる気持ちはよく分かる。だが福島第一原発の処理水については、最も厄介な元素は除去されており、残っているのは自然界の放射線に比べて控えめなレベルだ。科学の知識が広まり、日本が復興を続けられるよう願っている。

The Conversation

Nigel Marks, Associate Professor of Physics, Curtin University; Brendan Kennedy, Professor of Chemistry, University of Sydney, and Tony Irwin, Honorary Associate Professor, Nuclear Reactors and Nuclear Fuel Cycle, Australian National University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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