最新記事

感染症

かつて大流行したペストが、ヒトの遺伝子を強化したという研究結果──新型コロナウイルスは?

Plague and Evolution

2022年11月2日(水)13時18分
パンドラ・デワン
ペスト菌

黒死病を引き起こすペスト菌がヒトの遺伝子を進化させた? SCIENCE PHOTO LIBRARY/AFLO

<14世紀に世界で大流行した黒死病(ペスト)が人類の進化に影響を与えた証拠を示す、ネイチャー誌の最新研究。新型コロナウイルスにもその可能性があるのか?>

感染症は人類の進化を最も強く推し進める要因の1つ。この10月に発表された論文では、14世紀に大流行した黒死病(ペスト)がヒトの進化に影響をもたらした可能性を示す遺伝的証拠が示された。

ネイチャー誌に掲載されたこの論文は、ある遺伝子の変異の発生頻度がペストの大流行前後でどれだけ変わったかを比較。この遺伝子に、新たな環境に適応進化する「正の進化」がもたらされた証拠を発見した。

ペストは人類史上最悪のパンデミックの1つだ。1346年にヨーロッパ、中東、北アフリカで流行が始まり、人口の30~50%が死亡した。

原因となるペスト菌は齧歯類(げっしるい)が媒介し、ノミによって感染が広がる。「この細菌がさまざまな臓器に感染して大量に増殖する能力は、全く驚くべきものだ」と、論文の共著者の1人であるハビエル・ピサロセルダは言う。

「増殖した細菌は多臓器不全を引き起こし、死をもたらす」

ペストはその後4世紀にわたり流行したが、死亡率はおおむね低下していった。その要因として、人間が遺伝的に進化して細菌への抵抗力を獲得したという説がある。

今回の研究では、ロンドンとデンマークでペストの流行前と流行中、終息後に死亡した遺体から抽出したDNAサンプル206点を分析。

その結果、流行前のサンプルにはほとんどないが、終息後のものには数多く見られる4種類の遺伝的変異体が確認された。変異体の1つは、白血球を用いた実験でペスト菌の増殖を抑えることが分かった。

「自己免疫疾患」の増加も

進化の過程では新たに生まれた遺伝的変異体に対し、「自然選択」(生物の生存競争において有利な形質を持つものが生存する)が作用することが多い。それが集団全体に広まるには、何世代もかかることが少なくない。

ただし共著者の1人ルイス・バレイロは、この研究で新たに見つかった変異体には「選択」が作用しておらず、「既に集団に存在していた変異体が、ペスト菌の出現時にプラスに作用するようになった」と言う。

さらに彼は「論文で扱った遺伝子変異は免疫細胞、特にキラーT細胞を活性化させる働きに関与している」と言う。変異体のこうした免疫的な役割からすると、遺伝的変異体が「選択」されることで、細菌に対する一定の抵抗力がもたらされた可能性がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

スターマー英首相、トランプ氏の批判に反論 「欧州は

ビジネス

カナダ中銀、金利据え置き 「経済は米関税にも耐性示

ワールド

ノーベル平和賞マチャド氏、授賞式間に合わず 「自由

ビジネス

米雇用コスト、第3四半期は前期比0.8%上昇 予想
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 2
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 3
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲う「最強クラス」サイクロン、被害の実態とは?
  • 4
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキン…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎…
  • 7
    「正直すぎる」「私もそうだった...」初めて牡蠣を食…
  • 8
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 9
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 10
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中