最新記事

ウクライナ戦争

サイバー攻撃で「ロシア圧勝」のはずが...人類初のハイブリッド戦争はなぜ大失敗した?

A WAR OF CYBER SUPERPOWERS

2022年9月22日(木)17時40分
山田敏弘(国際情勢アナリスト)

220921ymd_p181.jpg

ウクライナ側・ロシア側のハッキング集団リスト(筆者作成)

カーは「残念ながら、ウクライナには機関を横断するようなまとまったサイバー政策はないと考えている」と言う。ただ、情報機関のウクライナ国防省情報総局(GURMO)のサイバー部隊は、侵攻後からロシアのターゲットにかなりのサイバー攻撃を仕掛け、成功しているという。

今年3月には国際宇宙ステーション(ISS)を運用するロシア国営宇宙企業ロスコスモスにハッキングで入り込んで宇宙計画の情報を盗み出し、ロシア中部のベロヤルスク原子力発電所を襲って所内システムのデータを奪うことにも成功している。またボストチヌイ宇宙基地にもハッキングで入り込み、組織の内部文書を公開した。ロシア政府に対し、こうしたターゲットをいつでも破壊できると証明することで、心理的に追い詰める目的もあるという。

カーによれば、GURMOは、ロシア国営ガス大手のガスプロムから1.5テラバイトの内部情報を盗んだ上で、6月16日、ヤマロ・ネネツ自治管区内でガスプロムの天然ガスのパイプラインを「中央制御装置(SCADA)を不正操作する攻撃的サイバー工作で炎上させた」と言う。事実、現地メディアもこの火災のニュースを伝えており、同社は「原因を調査中」としている。

そうした内部文書をGURMOから入手して公開しているカーは、「GURMOは、米CIAや英MI6など西側の情報機関とつながっている。ロシアが放射性物質をまき散らすようなダーティー爆弾や生物化学兵器などを使用する『レッドライン』を越えたら、現在既にハッキングで攻略した施設などを、サイバー攻撃で破壊すると主張している」と言う。

つまりウクライナはロシアからのサイバー攻撃を防ぐとともに、こうした施設を「人質」に取ることでロシアの攻撃激化に歯止めをかけようとしているのだ。

サイバー攻防戦の今後は?

サイバー攻撃の応酬は今後も続くだろう。逆に、もしロシアが狙いどおり、サイバー攻撃でウクライナの国力や戦争継続能力をそぐことができれば、現在はロシアが押し返されているリアルな戦場の状況も大きく変わる可能性もある。

もっとも、ゾーラは、「ロシアからの激しいサイバー攻撃がしばらく落ち着くようなことがあったとしても、ロシアのハッカーやロシア当局がウクライナへの破壊をもたらす計画を諦めたという意味ではない。巧妙なサイバー攻撃は準備に時間がかかる。ロシアはその間に準備をしていると考えたほうがいい」と言う。

「ウクライナとロシアが繰り広げているサイバー戦の勝敗に言及するのは時期尚早だ。侵攻での通常の戦争が終わっても、サイバー攻撃はその後も長く続いていく」

ニューズウィーク日本版 大森元貴「言葉の力」
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月15日号(7月8日発売)は「大森元貴『言葉の力』」特集。[ロングインタビュー]時代を映すアーティスト・大森元貴/[特別寄稿]羽生結弦がつづる「私はこの歌に救われた」


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

リクルートHD、求人情報子会社2社の従業員1300

ワールド

トランプ氏の出生権主義見直し、地裁が再び差し止め 

ワールド

米国務長官、ASEAN地域の重要性強調 関税攻勢の

ワールド

英仏、核抑止力で「歴史的」連携 首脳が合意
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 6
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 7
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 8
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    昼寝中のはずが...モニターが映し出した赤ちゃんの「…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中