最新記事

インタビュー

「皇室フィクション小説」を書評が黙殺する理由

2022年5月27日(金)18時00分
長岡義博(本誌編集長)
天皇

自主規制の心理は天皇制の議論に影響している(2019年)Issei Kato-REUTERS

<映画監督・作家の森達也氏が書いた上皇ご夫妻が登場するフィクション小説が、新聞や雑誌の書評から黙殺されている。皇室や天皇制への思い込みを揺さぶる作品を「自主規制」する心理>

オウム真理教を内側から撮影したドキュメンタリー映画『A』『A2』や、実は誰も禁止していないのに「放送タブー」がつくられる謎に迫った『放送禁止歌』など、固定観念や常識、思い込みを鮮やかにひっくり返す作品を作り続けてきた映画監督・作家の森達也氏(66)。3月に出た最新作の『千代田区一番一号のラビリンス』(現代書館)は、上皇ご夫妻の映像ドキュメンタリーを撮ろうとする「克也」が、2人と皇居の地下にある架空の迷宮を探るフィクション小説だ。


皇室や天皇制への思い込みを揺さぶる作品だが、なぜか新聞や雑誌の書評欄からは黙殺され続け、先日ついに書評が一切出ないまま増刷が決まった。皇室ファミリーのプライバシーを消費しつつ、天皇制そのものについては議論したがらないのは何もメディアに限らない。なぜ書評が出ないのか、『A』と共通する現象、そして自主規制する心理――森氏に聞いた。(インタビューは5月17日)

◇ ◇ ◇

――書評なし、で増刷が決まったそうで、おめでとうございます(笑)。で、なぜ書評が出ないのでしょうか?

森:本が出る前に、担当の現代書館代表の菊地(泰博)さんに「僕は著者インタビューを受けるつもりないから」と言っていたんです。映画の場合もそうですが、作った人がべらべら作品についてしゃべるべきじゃない、という気持ちがあったので。特に今回はその思いが強かった。

ただこれだけ書評が出ないと、著者インタビューを受けるしかないかと。実は著者インタビューは長岡さんで5本目なんです。週刊金曜日、東京新聞、創、毎日新聞。あとまだ記事は出ていないけれど共同通信からもインタビューされました。(著者インタビューは)普通以上にオファーが来るんだけど、書評だけがなぜか出ない。

――新聞の書評で取り上げる本の選ばれ方ですが......。

森:書評委員会というのがあって、そこで書評委員の人たちが集まって、「私は今回はこれ」「じゃあ、私はこれ」という感じで選ぶと聞いています。週刊朝日と週刊文春には知り合いがいるので、出る前に「こういう本が出るけど書評どうかな?」と聞いたら、「ああ、(担当に)言っときますよ」という話だったんだけど、どちらもその後「書評担当から『ちょっとこの本はダメだ』と言われた」と返事が来て。もちろん編集権があるから、文句は言えない。いろんな判断があって当然です。でも、これだけピタリと沈黙してしまうと不思議な感じがしますね。

――読めば分かるが、内容は不敬どころか、森さんの「敬」ばかりです。

森:菊地さんは「これ左翼からものすごい反発が来るよ」と言ってました。

――メディアの側からすると恐れるべきは左翼より右翼のテロで、明らかにそういう内容でないのに自己規制するのは『A』と重なる部分があります。

森:ありますね。感覚が近いところがある。

――読んでいないんじゃないかと思うんです。読む前に、「天皇制」「森達也」というくくりだけで判断して、自己規制しているのではないか。

森:『A』の時に経験したんですが、試写会をやると記者やディレクターがたくさん来る。で、みんな興奮して帰っていく。「これはすごい映画だ」「ぜひうちで記事を書きますから」と。ところがその後、全然連絡がない。プロデューサーの安岡(卓治氏)がたまりかねて連絡すると、「いや、私は書きたいのだが上が」と言われる。

(この本も)「ちょっとこれはうちで扱うのは......」とか、もしくは見た人、読んだ人も「上が......」と(いう反応になる)。上の人は見ても読んでもいないわけで、そういう意味では「いつか来た道だ」と。

――フィクションなのですが。

森:日本の場合は、深沢(七郎)さんの『風流夢譚』事件 (注1)があった。あれもフィクションだけど1人亡くなっていますから。ナーバスになるのは分かるけど、ナーバスになるあまり誰もものが言えない、書けない状態になるのはメディアやジャーナリズムとしては......。

――『風流夢譚』は天皇制そのものに対する攻撃と捉えられる内容ですが、森さんのこの本はそうではない。

森:天皇制について言いたいことはありますし、危険性を非常に強くはらんでいるシステムであるとも思っていますけど、同時に今の上皇ご夫妻については文中の山本太郎の言葉じゃないけど、お慕い申し上げますみたいな気持ちは確かにある。

――自分の親のような感じなのでしょうか。

森:天皇が自分の親のような、という言い方をよくする人がいますが、僕は全然その感覚はない。会ったこともないんだから、好きとか嫌いと思うことも本当は感情としては不自然だな、と思うんです。僕も結局一つの作り上げられた虚像しか見ていない。でも、それにしてもその虚像の集大成が何となく自分の中ではすごく親しみのある、しかも、いろんな意味でこの国について思うところと、とてもシンパシーを感じてしまっていて......。ただし、これは僕の妄想ですから。

――(上皇ご夫妻が)ジャージを着ているっていう表現がすごく新鮮でした。私的な会話も当然しているはず。メールもたぶん使ってるし、携帯も持ってて当たり前です。当たり前が遮断されていることが問題で、そういうところを刺激してくれる小説でした。

森:見てはいけないものとか、できればあまり言葉にしないほうがいいものもある。それを全部否定するつもりはない。ただ天皇制の問題はこの国の根幹です。例えば戦争のメカニズムは一体何だったのか、あるいは現状のジャーナリズムのあり方とか、一番大事なところを議論するときに、常に天皇制が多くの阻害要因となって自由な議論ができない。それはこの国の戦後民主主義の停滞の一つの要因であると思うんです。

(注1)中央公論1960年12月号に掲載された小説家・深沢七郎の『風流夢譚』が皇室を侮辱したものであるとして右翼団体が抗議。翌61年2月に右翼団体の少年が中央公論社社長宅に侵入し、お手伝いの女性を刺殺。社長夫人に重傷を負わせた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英CPI、6月は前年比+3.6% 24年1月以来の

ビジネス

午後3時のドルは一時149円前半、戻り売りこなし3

ビジネス

新興国市場への資金流入、6月は9カ月ぶり高水準 債

ビジネス

米シティ、日本で投資銀行部門の人員を最大15%増員
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 6
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 7
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 8
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 9
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 10
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 7
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 8
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 9
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 10
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中