コラム

昭和天皇の写真を焼き、その灰を踏みつける──『遠近を抱えた女』を直視したなら

2020年09月25日(金)10時45分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<「あれだけは許せない」と多くの人が怒った。焼くという行為は「侮蔑」か「昇華」か。判断は観た側に委ねられる>

「あいちトリエンナーレ」の展示『表現の不自由展・その後』が一時中止に追い込まれた理由のひとつは、慰安婦の少女像(作品の正式名称は『平和の少女像』)と併せて、『遠近を抱えてpart II』が大きな争点になったからだ。

......と書きながら、『遠近を抱えてpart II』がどんな作品かを思い出せる人はどのくらいいるだろうと考える。でも「昭和天皇の写真を燃やす動画」といえば、ああそういえば、とか、あれだけは絶対に許せない、などと思う人は多いはずだ。

それは大浦信行の映画最新作『遠近を抱えた女』と、前作の『靖国・地霊・天皇』の映像の一部をコラージュした作品だ。昭和天皇の肖像写真(正確に言えば、大浦の過去の版画コラージュ作品の一部)を焼いて、その灰を女性が踏みつける。これに右翼が怒った。いや右翼だけではなく、多くの人がけしからんと怒った。「あれだけは許せない」と思う人に、「あれだけは」と感じる理由を考えてほしい。その作業は自分の内面を掘り下げることにつながり、日本人を考察する上で新たな視点を提示する。......これまでの大浦の主張を要約して僕自身の視点を少しだけ足せば、そういうことになるだろう。

大浦はアーティストだが、『遠近を抱えた女』に至るまで5本の映画を発表している。僕よりも多い。ただしこれまでの映画は決して万人向けではない。大浦は映画を、観た人がもう一つの物語を作り上げるための記憶・イメージの装置と規定している。要するに解釈は自由だということ。それは、映画だけではなく全ての表現が共有する普遍的な前提だ。ただし「もう一つの物語を作り上げるため」の手がかりや足場をどれだけ提示するのか、どのように作品に仕込むのか、どこに誘導したいのかなどの要素は作品によって違う。安易過ぎれば感動や共感は薄くなる。難解ならば意図が届かなくなる。

実は大浦との付き合いは長い。これまでの作品は全て観ている。決して難解というわけではないが、「記憶・イメージ」するための補助線が薄い。作品の強度を優先し過ぎて観る側に不親切。映像ではなく言葉を浪費し過ぎていた。あえて欠点を挙げればそういうことになる。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

物価は再び安定、現在のインフレ率は需給反映せず=F

ワールド

ハセット氏のFRB議長候補指名、トランプ氏周辺から

ワールド

ゼレンスキー氏と米特使の会談、2日目終了 和平交渉

ビジネス

中国万科、償還延期拒否で18日に再び債権者会合 猶
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 6
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    「職場での閲覧には注意」一糸まとわぬ姿で鼠蹊部(…
  • 9
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 10
    世界の武器ビジネスが過去最高に、日本は増・中国減─…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story