最新記事

報道

「藤井二冠を殺害予告疑いで追送検」──誤解や混乱を減らすための「言葉の実習」とは?

2021年9月21日(火)10時55分
古田徹也(東京大学大学院人文社会系研究科准教授)※アステイオン94より転載

以上のことから言えるのは、短くとも誤解や混乱を招きにくい文章を書く技術が、いま私たちにとって重要性を増しているということだ。この技術は、自分の意図を正確に他者に伝えることに資するだけではなく、誤解や混乱を招きやすい文章に対して敏感になり、それを注意深く読むことにも直結するだろう。問題は、この技術を磨くにはどうすればよいかである。

先に取り上げた、ニュースの見出しをめぐる問題は、この点に関する手掛かりにもなるように思われる。見出しは、ごく限られた文字数によって出来事の要点を表現しなければならない。したがって、よい見出しをつくろうとするなら、当該の出来事のどこに着目して伝えるか、そして、そのためにどういった語彙を用いるか、どう語句を並べるか、助詞をどう使うか、読点をどう打つかなど、言葉を選び言葉同士を結びつけるための諸々の技術を最大限に発揮する必要がある。

だとすれば、学校などで次のような教育が実践できないだろうか。学生や生徒に、実際のニュース(新聞記事やニュース映像)と、それに付けられた「まずい見出し」の例を与える。そして、その見出しのどこをどう変えれば改善されるのかを話し合ったり、各自で見出しの修正に挑戦したりしてもらうのである。言葉を足して修正するということができない分、これは、語句の配置や選択によってどのような変化が生じるかによく目を向け、その点を踏まえた文章を自分で構築するための、実践的な訓練になるだろう。

また、見出しをめぐるこの実習は、「てにをは」の技術や語彙の強化になるだけではなく、私たちが普段暗黙裡に前提としている常識や慣例といったものを意識し、それに応じた文章をつくる技術も養うことになるはずだ。たとえば、先の「列車が人と接触して死亡」という見出しを修正し、「人が列車と接触して死亡」に変えたとしても、これにもなお改善の余地がある。なぜなら、列車と接触することによる死亡がニュースとなるのは通常は人のみであり、他の動物が死んだ場合にはその動物の種類を見出しに載せることが必要となるからだ。逆に言えば、死亡したのが人であれば、わざわざ「人が」と書く必要はないということである。不必要な言葉を省いて限界まで文字数を削り、その空いたスペースを、起こった出来事のなかで重要と思われる部分をはっきりと照らし出すために活用する。そうした作業はまた、ニュースの見方を検討するという意味でも有意義な時間となりうるだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ワーナー、買収案1株30 ドルに上げ要求 パラマウ

ワールド

再送-柏崎刈羽原発の再稼働是非、新潟県知事「近いう

ビジネス

塗料のアクゾ・ノーベル、同業アクサルタと合併へ

ビジネス

午前の日経平均は反発、エヌビディア決算前で強弱感交
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中