最新記事

酸素

医療用途を優先 酸素不足でロケット飛べず...NASA、スペースXが苦慮

2021年9月16日(木)16時45分
青葉やまと

このまま航空宇宙産業への供給が長期に渡って不足した場合、生活への影響も懸念される。ペンシルバニア州立大学で航空宇宙工学を教えるスヴェン・ビレン教授は、米科学解説誌の『ポピュラー・サイエンス』に対し、医療用途は極めて大切であるが、宇宙産業も決して軽視することはできないと指摘する。

ビレン教授は「人命にまつわる危機に集中すべきだ、と人々は叫びますが、彼らが宇宙分野の恩恵について完全に理解しているとは私には思えません」と述べ、ロケット分野の軽視に苛立ちを募らせる。ロケットの打ち上げは「GPSシグナルやハリケーンを追跡する気象衛星などの形で、生活を向上させるシステムの一端を担っているのです」と述べ、宇宙産業がいまや生活インフラの一部を支えていると教授は強調している。

長期化なら宇宙ステーションへの補給問題も

テスラおよびスペースX関連の情報を伝えるテスマニアン誌は、「同社は6月30日以来ファルコン9を打ち上げておらず、これは異例の事態だ」と指摘する。もっともこの遅延に限っていえば、これはスターリンク衛星の性能向上を目的とした意図的なスケジュール変更だ。ファルコン9はその後の天候不良による延期を経て、8月29日に打ち上げを完了した。イーロン・マスク氏はツイートで記事に反応し、「これ(酸素不足)はリスクだが、まだ制限要因とはなっていない」と楽観的な立場を示した。

ただし、同社のショットウェル社長は、酸素問題が今後の打ち上げスケジュールに影響する可能性を示唆している。ファルコン9はNASAとの契約のもと、国際宇宙ステーション(ISS)への物資補給を担う。8月29日の打ち上げでは、搭載の無人補給船「ドラゴン」を通じ、実験器具のほか水と生鮮食料品など生活物資をISSのクルーたちに届けた。酸素不足でロケットの発射スケジュールが遅延すれば、ISSでの食糧事情に影響が出る可能性も否定できない。

過去には2004年、補給船の打ち上げが長期間滞ったことでISS内の通常食が尽き、クルーたちは45日分の備蓄食を開封せざるを得なかった。さらに備蓄は残り14日分にまで減少し、地上の管制官がISSのクルーたちに10%の食事制限を指示する事態となっている。追って補給船が食糧を届けたが、一時はクルー全員にISSを離脱させ地上へ帰還させるバックアッププランが計画されていた。

現在アメリカでは、医療分野での需要に対応するため、サプライチェーン各社が非常体制を組んで通常エリア外への供給を支えている。配送網が複雑化しているほか、液体酸素を運搬できるドライバー不足も深刻化しており、仮に増産できたとしても直ちに解決する性質の問題ではなくなっている。医療最優先の理解は共有されているものの、目の前の酸素不足の問題にどう対処するか、航空宇宙業界は頭を悩ませている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トルコCPI、4月は前年比+69.8% 22年以来

ビジネス

ドル/円、一時152.75円 週初から3%超の円高

ビジネス

仏クレディ・アグリコル、第1半期は55%増益 投資

ビジネス

ECB利下げ、年内3回の公算大 堅調な成長で=ギリ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中