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民主主義

民主主義は本当に危機にあるのか...データが示す「認知動員」の効果

DEMOCRACY IS NOT DYING

2021年6月4日(金)12時07分
クリスティアン・ウェルツェル(政治学者、独ロイファナ大学教授)
アメリカ、ジョージア州の投票所

実際には個人の選択や解放的な価値観への支持率は上昇傾向にある(米ジョージア州) MIKE SEGAR-REUTERS

<強いリーダーが熱狂的な支持をつかみ、世界的に民主主義は後退している? 「民主主義の脱定着」は本当か>

民主主義は危機に瀕している、民主主義は絶滅寸前だ──。近頃ではそんな悲鳴にも似た叫びばかり耳にする。

世界各国の自由度を評価している国際NGOフリーダム・ハウスは2021年の年次報告書でも15年連続で政治的自由の後退を指摘した。

世界を覆う悲観的なムードは色濃くなる一方だが、それに流されるのは考えものだ。ロシアと中国では独裁的な政権がしぶとく命脈を保ち、ハンガリー、トルコ、ベネズエラではせっかく芽生えた民主主義があえなくつぶされたのは事実。だが民主主義の未来は決して暗くない。それどころか、多くの人が考えるよりはるかに明るく輝いている。

実際、今やいわゆる「近代化論」の正しさが証明されつつある。すなわち経済開発が進むと、教育レベルが上がり、情報量が増え、人々の知識や判断材料が増える。その結果、人々はただ「お上の命令に従う」のではなく、自分の意思を持ち、自分の頭で物事を考え、政治へと動員されるようになる。これは一部の研究者が「認知動員」と呼ぶ現象だ。人々の知的レベルが上がることで、自由民主主義を支える土台、すなわち成熟した市民社会が形成される。

「民主主義の脱定着」説の問題点

民主主義の衰退を論じるはやりの理論、「民主主義の脱定着」説をご存じだろうか。民主主義が定着した国々で、特に若い世代を中心に既成政治離れが進み、強い指導者が求められるようになる、という説だ。実際、民主化の歴史が浅いブラジルのような国だけでなく、民主主義の旗手たるアメリカでも、歯に衣着せぬ物言いをする権威主義的ポピュリストが熱狂的支持をつかんだ。

こうした指導者は「民意」を盾に取って政敵をつぶし自由を制限する。いい例がハンガリーのオルバン・ビクトル首相やトルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領だ。

市民が何度か選挙を経験し、いったん民主主義的な制度が根付けば、その後は民主主義がしっかりと定着し、失われることはない──長年そんな楽観的な見方が主流だったが、脱定着説はそれを覆した。

だが、この説には2つの欠陥がある。1つは都合の良い事実だけを集めて論拠にしていること。脱定着説の著名な論客であるロベルト・ステファン・フォアとヤシャ・モンクは民主主義の未来を過剰に暗く描いてみせる。例えば、第2次大戦前に生まれたアメリカ人の72%は民主的な社会で暮らすことが「最も重要」と考えているが、30代から40代前半のミレニアル世代ではその割合は30%にすぎない、というのだ。

しかし部分ではなく全体に目をやれば、フォアらの主張の誤りに気付く。筆者は学術誌ジャーナル・オブ・デモクラシーに掲載された論文で、民主主義支持の民意は1990年代から現在まで75%でほぼ一定していることを示した。参考にしたのは94〜98年と17〜20年の世論調査だ。

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