最新記事

民主主義

民主主義は本当に危機にあるのか...データが示す「認知動員」の効果

DEMOCRACY IS NOT DYING

2021年6月4日(金)12時07分
クリスティアン・ウェルツェル(政治学者、独ロイファナ大学教授)

そもそも「民主主義への支持」という問い自体に問題がある。文化的な背景が違えば、人々が民主主義に抱くイメージは違ってくる。ミャンマーやキルギスでは、「統治者に従うこと」が民主主義に「不可欠」だと考えている人が40%を超える。同様にエチオピアやイランでは、「富の平等な分配」が不可欠だと考えている人が30%以上。一口に民主主義と言っても、解釈はこれほど異なるのだ。そうしたニュアンスの違いを無視して支持率を比べれば、今の流れを読み違えることになる。

筆者は国際プロジェクト「世界価値観調査」の何十年分ものデータを分析した。その結果、世界中で見られる社会・政治的な混乱や分断の下で「文化的な地殻変動」とも言うべき変化が起きていることが分かった。

ゆっくりと、だが着実に、個人の選択や機会の平等を重んじる解放的な価値観が、服従と同調をよしとする権威主義的な価値観に取って代わりつつある。この変化は今のところ欧米で最も顕著だが、程度の差はあれ、世界のあらゆる地域に及ぶ本質的にグローバルな潮流とみていい。

解放的な価値観は上昇傾向

調査のデータがあるほとんどの地域で解放的な価値観は上昇傾向にある。その結果、若い世代は民主主義の原則に傾倒していくはずだ。1960~2018年、これらの価値観の支持率は、中東では(他の地域に比べればペースが遅く限定的だが)24%から38%に上昇、ブラジルでは31%から51%に上昇した。世界をリードしているのは北欧諸国で、特にスウェーデンは筆者らの推計では45%から80%に上昇している。

何より、自由、権威、社会における個人の役割に関するこれらの基本的価値観を若い人々が受け入れれば、それに対応する世界観も持続する傾向がある。そうした考え方、感じ方が一時的ではなく生涯にわたって身に染み付くのだ。

制度というものは永続性を目指すので、大抵ほとんどの政治体制は変わらない。だが不変に見える独裁政治の下では、文化的変化が熱とエネルギーを蓄えじわじわと進行している。若い世代で解放的な価値観が台頭すれば、次第に政府の権威主義体制と個人の自由や自主性や機会を求めてやまない人間的欲求との間に構造的矛盾が生じる。

こうした政治体制と文化のずれはやがて増大するストレスにさらされる。例えば、ポルトガル、韓国、スペイン、台湾では、生活水準の向上と教育の拡大によって解放的な価値観が台頭し、大衆の民主化圧力が高まって独裁政権が打倒された。時とともに政権の構造が社会の価値観に対してあまりに非民主的になり、ずれが一層鮮明になるのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

「ディール」迫るトランプ氏、ゼレンスキー氏は領土割

ビジネス

アングル:屋台販売で稼ぐ中国の高級ホテル、デフレ下

ワールド

メラニア夫人、プーチン氏に書簡 子ども連れ去りに言

ワールド

米ロ首脳、ウクライナ安全保証を協議と伊首相 NAT
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に入る国はどこ?
  • 4
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 5
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 6
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 7
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「デカすぎる」「手のひらの半分以上...」新居で妊婦…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「軍事力ランキング」で世界ト…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 9
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 10
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中