最新記事

感染第2波

インドネシア、コロナ死者1万人突破 政府は打つ手なく迷走し医療崩壊の危機

2020年9月24日(木)21時25分
大塚智彦(PanAsiaNews)

とはいえ、中国の製薬会社からインドネシアの製薬会社が大量にワクチン提供を受けることが決まり、その買い付けに際して裏で暗躍した中国系インドネシア人が仲介手数料として多額の利益を得た、との情報も流れている。

このように保健当局や医療関係者が感染拡大防止に全力で取り組む一方で、コロナ禍がビジネスとして利用されるという現実がジョコ・ウィドド政権のコロナ対策の手詰まりを象徴しているともいえる。

現実味を帯びる医療崩壊の危機

こうしたなか、インドネシア医師協会(IDI)はこれまでにコロナ感染で死亡した医師が115人、看護師が70人に上ることを明らかにした。防護服不足、人手不足による過剰勤務態勢などが原因とみられているが、こうした深刻な医療従事者の犠牲に対しても政府は適正な対応を取っておらず、各地で医師、看護師不足が問題となり、インターンの現場投入が真剣に検討されているという。

また全34州で最も感染が深刻な首都ジャカルタではコロナ感染者指定病院に設けられた隔離病床の77%がすでに埋まり、重症患者を収容する「集中医療室(ICU)」も83%が利用されており、ほどなく病床不足が現実のものとなるなど「医療崩壊」が目の前に迫ってきている。

このため州政府は周辺地方自治体に病床確保を依頼したり、2019年開催のアジア大会で選手村として利用した施設を治療・収容施設として利用したり、一般のホテルを軽症あるいは無症状の感染者の隔離施設に指定するなどあの手この手を打ち出している。

とはいえ、14日のジャカルタ州全域を対象としたPSBB強化策を宣言したアニス・バスウェダン州知事に対して、ジョコ・ウィドド大統領は「経済活動の停滞、低迷」を理由に反対を唱えて「感染者が爆発的に増加している地域とそうでない地域を区別して一律の規制強化をしないように」と異論を表明した経緯がある。

ジョコ・ウィドド大統領にとってはコロナ禍による経済面での打撃を最小限に抑えるためとはいえ「人命軽視」ともとられかねない反対論に、感染症専門家や医療・保健関係者からは失望の声が高まっている。

「国民の命か国の経済か」という難しい選択に直面しているのが今のインドネシアといえるだろう。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

ニューズウィーク日本版 日本時代劇の挑戦
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月9日号(12月2日発売)は「日本時代劇の挑戦」特集。『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』 ……世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』/岡田准一 ロングインタビュー

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:中国株「熱狂でない上昇」に海外勢回帰、強

ワールド

ホンジュラス大統領選、「台湾と復交」支持の野党2候

ビジネス

消費者態度指数11月は4カ月連続の改善、物価高予想

ビジネス

中国万科の債券価格が下落、1年間の償還猶予要請受け
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 2
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カニの漁獲量」が多い県は?
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 8
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 9
    600人超死亡、400万人超が被災...東南アジアの豪雨の…
  • 10
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中