最新記事

ドキュメンタリー映画

ラストベルトで育った若者のリアル『行き止まりの世界に生まれて』

Lost and Found

2020年9月5日(土)15時00分
アンナ・メンタ

「ザックはみんなの関心の中心にいたいんだ」と、リューは言う。「私とカメラはそのはけ口になっていたが、時間の経過とともにそれも変わっていった」。撮影後、完成した映画を見たザックの目には涙が浮かんでいた。もっとひどい描かれ方をしていると思い込んでいたので、ほっとしたのだとリューは言う。

「2人でじっくりと話をした。彼のことだけじゃない。キアーや私のことについてもちゃんと話をしてくれた。どこか変えたい部分はあるかと尋ねたが、彼はないと答えた」

ポップカルチャーの世界では、アメリカ中部で育った若い男というだけで勝手なイメージを与えられる傾向がある。ザックは言う。「社会からは死ぬまで『男らしくしろ、おまえはタフなんだ、強いんだ、マルガリータなんざゲイの飲むものだ』と言われ続ける」。子供の頃からずっとそういうものだと刷り込まれてきたから、そのとおりに振る舞っているというわけだ。

レッテル貼りはお断り

ザックとニーナはまさにドナルド・トランプの支持層である「忘れ去られた人々」で、実際にザックはトランプの支持者だった。「父親があまりに保守的だと思って実家を飛び出したのに、その後、ザックの思うように物事は進まなかった」と、リューは言う。

だが作品に下手に色が付くのを嫌ったリューは、ザックのトランプ支持の話はカットした。「たとえ白人で給料が労働者階級並みだったとしても、ロックフォードの人々は自分たちのことをいわゆる『労働者階級の白人』だとは思っていない」と、リューは言う。メディアがそんなレッテルを貼るのは「共感の欠如」と「上から目線」のせいだとリューは考えている。

ザックは本作がサンダンス映画祭で上映された後、ある映画監督から低予算映画の主役のオファーを受けた。ニーナはザックと別れ、2つの仕事を掛け持ちしている。本作の上映会場で、家庭内暴力について話したりもしている。

キアーはデンバーのサラダショップで仕事を見つけ、恋人とフェニックスに引っ越すことが夢になった。本作の終盤でリューはキアーにこう語る。「僕がこの映画を作っているのは、義父から暴力を受けていたけれど、そのことに全く納得がいかなかったからだ。君の語る物語の中に、僕は自分自身を見いだした」

驚いた様子のキアーだったが、ようやく口を開いてこう言った。「すげえや、ビン。そんなこと考えもしなかった。むちゃくちゃクールだな」

本作ほど個人的な作品を作ることはもうないだろうとリューは言う。「10代後半から20代初めの時期を清算しないままで30代に突入し、仲間を失う年代を迎える人は多い。単に連絡が途絶える場合もあれば、ロックフォードではよくある話だがドラッグや自殺が原因ということもある」と彼は語る。「この映画は、自分がそんな落とし穴に陥らないための手段だった」

<本誌2020年9月8日号掲載>

<関連記事:三浦春馬さんへの「遅すぎた称賛」に学ぶ「恩送り」と「ペイ・フォワード」
<関連記事:世界に誇るべき日本の「ウナギのかば焼き」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

冷戦時代の余剰プルトニウムを原発燃料に、トランプ米

ワールド

再送-北朝鮮、韓国が軍事境界線付近で警告射撃を行っ

ビジネス

ヤゲオ、芝浦電子へのTOB価格を7130円に再引き

ワールド

インテル、米政府による10%株式取得に合意=トラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋肉は「神経の従者」だった
  • 3
    一体なぜ? 66年前に死んだ「兄の遺体」が南極大陸で見つかった...あるイギリス人がたどった「数奇な運命」
  • 4
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく…
  • 5
    『ジョン・ウィック』はただのアクション映画ではな…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 8
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 9
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 10
    顔面が「異様な突起」に覆われたリス...「触手の生え…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 6
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 7
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 8
    「このクマ、絶対爆笑してる」水槽の前に立つ女の子…
  • 9
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 10
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中