最新記事

アサド政権

シリアが「積極的無策」でコロナ感染爆発を隠す理由

Inside Syria’s Secret Crisis

2020年9月4日(金)11時30分
アンチャル・ボーラ

これまでに少なくともダマスカスの高位聖職者6人とメディア幹部3人、裁判官2人、新憲法の起草を目指すシリア憲法委員会の複数の委員らの感染が確認されている。隣国ヨルダンがシリアからの感染流入の激化を受けて、シリアとの国境を閉鎖したことも、シリアでの爆発的な感染拡大を裏付ける証拠と言える。

アブドラの兄との会話を機に、筆者はアブドラが暮らしていたダマスカス市内のアルミダン地区で自主隔離生活を送る多くの人々に話を聞くことができた。彼らは、同じような立場の人がもっと大勢いると主張する。

アブドラの甥とその隣人はどちらも新型コロナの症状が出ているが、国営の病院に行くのはできる限り避け、自宅で療養したいと話す。「隔離センターに行くのは怖い。刑務所みたいな場所だから」と、アブドラの甥は言う。「政府が怖いんだ」

「隔離センターは拘置所みたいで、民間人も拷問されて殺される」と、隣人が付け加える。彼らの言葉には、長年にわたって政府に抑圧され、体制批判の容疑がかかればすぐに投獄されてきた多くのシリア人が抱える国家への深い恐怖心がにじみ出ている。

こうした一種の「感染隠し」が、表向きはシリアの感染者が少なく抑えられている理由の1つだ。現体制に批判的な人は、どんな形であれ当局の目につきたくない。また、ろくな設備もない病院に入院しても、放置されて死ぬだけだと申告を避ける人もいる。

だが、シリアにおけるコロナ禍の実態把握を妨げているもっと大きな問題は、政府の積極的無策ともいえる姿勢だ。

ムジタヒド病院に勤務するある整形外科医は、明らかに新型コロナの症状を示す親戚30人に検査を受けさせたいと考えているが、実現していない。既に父親は新型コロナに感染して死亡した。だが保健省から感染経路を聞かれたことはないし、そもそも同省には感染拡大を抑え込もうという意欲すら感じられない。

「病院は1日1万人の検査をする必要があるが、せいぜい10%程度しかできていない」と、この医師は語る。「ムジタヒド病院に人工呼吸器は13〜15台しかなく、ダマスカス全体でも130台程度だ」

このままでは、今後数週間でダマスカス市民の4人に1人が感染する恐れがあると、医師は警告する。「政府は分かっているはずだ。それなのになぜ真実を明らかにしないのか、理解できない」

忠誠派もアサドに不満

元外交官のバサーム・バラバンディは、シリアに新型コロナをもたらしたのはイラン人だと考えている。アサド政権はイランの支援を受けており、ダマスカス近郊にはイラン革命防衛隊と、イランの代理勢力でレバノンの武装組織ヒズボラの要員が駐留している。イランは新型コロナの感染爆発が最初に起きた国の1つだが、「その震源は今、イランからシリアに移った」と、バラバンディは言う。アサド政権は3月にロックダウン(都市封鎖)を実施したが、経済のダメージが大き過ぎて、すぐに解除してしまった。

【関連記事】無防備なシリア難民に迫る新型コロナの脅威──越境支援期間の終了で人道危機に拍車
【関連記事】伝えられないサウジ、湾岸、イランの新型コロナ拡大

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

UBS海外部門、7年で段階的資本増強へ スイス政府

ビジネス

米の医薬品関税、EUは上限15%ですでに取り決めと

ビジネス

東証がグロース市場の上場維持基準見直し、5年以内に

ビジネス

ニデック、有価証券報告書を提出 監査意見は不表明
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ハーバードが学ぶ日本企業
特集:ハーバードが学ぶ日本企業
2025年9月30日号(9/24発売)

トヨタ、楽天、総合商社、虎屋......名門経営大学院が日本企業を重視する理由

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週にたった1回の「抹茶」で入院することに...米女性を襲った突然の不調、抹茶に含まれる「危険な成分」とは?
  • 2
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 3
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、Appleはなぜ「未来の素材」の使用をやめたのか?
  • 4
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市…
  • 5
    琥珀に閉じ込められた「昆虫の化石」を大量発見...1…
  • 6
    クールジャパン戦略は破綻したのか
  • 7
    中国、ネット上の「敗北主義」を排除へ ――全国キャン…
  • 8
    【クイズ】ハーバード大学ではない...アメリカの「大…
  • 9
    日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 1
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 2
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分かった驚きの中身
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    筋肉はマシンでは育たない...器械に頼らぬ者だけがた…
  • 5
    【動画あり】トランプがチャールズ英国王の目の前で…
  • 6
    日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...…
  • 7
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市…
  • 8
    「ミイラはエジプト」はもう古い?...「世界最古のミ…
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 8
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 9
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 10
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中