シリアが「積極的無策」でコロナ感染爆発を隠す理由
Inside Syria’s Secret Crisis
シリア政府が表向きの感染者数を少なく抑えているのは、イランとつながる体制忠誠派の支持をつなぎ留めるためのようだ。「感染者が増えれば、現体制の正当性が傷つく」と、バラバンディは指摘する。
約9年に及ぶ内戦中にアサド政権を支えた忠誠派は今、見返りを求めている。だがアサドには提供できるものが何もない。期待された復興事業も、アメリカを中心とする経済制裁でストップしている。
6月にアメリカで発動されたシーザー・シリア市民保護法は、シリア政府や軍の高官に対する支援を禁じるものだ。同法の効果もあり復興投資はすっかりしぼんでしまった。
「忠誠派は、『現体制は食料も電気も供給できない。今度はウイルスでわれわれを殺す気か』と不満を募らせている。だから政府は感染者数を低く抑えて、万事うまくいっている印象を与えようとしている」と、バラバンディは語る。
シリアでは人口の半分以上が失業しており、80%以上が貧困ライン以下で暮らしている。ロシアと中国がコロナ対策に一定の支援をしてきたものの、国全体のニーズを満たすほどではない。
WHO(世界保健機関)は、マスクや手袋や消毒剤などのPPE(個人用防護具)440万点と、1日1000件以上の検査が可能なキットを提供してきたというが、ウイルスを封じ込めるためには十分ではないことを認めている。
アクジェマル・マグティモバWHOシリア事務所代表は、最大の問題として、医療従事者の圧倒的な不足を挙げる。シリアの医師たちは長年の内戦を嫌い、国外に出て行ってしまったのだ。経済制裁と、アメリカのWHOへの拠出中止も、シリア支援に打撃を与えている。
もとよりアサドは、一般市民の苦しみに心を痛める指導者ではないが、今は忠誠派にも背を向けつつあるようだ。
多くの市民は、政府が暗黙のうちに集団免疫の獲得という荒療治を選んだのではないかと危惧している。そして自分たちが必要とする支援は、永遠に届かないのではないかと絶望感を募らせている。
<本誌2020年9月8日号掲載>
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