最新記事

日本政治

安倍晋三の真価とは......日本は「あまり愛されなかったリーダー」を懐かしく思い出すかもしれない

2020年9月3日(木)17時00分
ウィリアム・スポサト

記者会見で辞任を表明した安倍首相(首相官邸、8月28日) FRANCK ROBICHON-POOL-REUTERS

<米中との関係を改善しつつ同時にバランスを取る離れ業をやってのけた安倍に代役はいない。また首相が次々に入れ替わる「回転ドア」の時代に逆戻りするのか>

日本の安倍晋三首相は8月28日に辞任を表明し、歴代最長政権の幕を引いた。在任中の安倍は世界第3位の経済大国を一定の成長に導き、トランプ米大統領と特別な関係を築き、強大化する中国を意識して防衛力の増強に努めた。

突然の辞任表明は側近にとっても驚きだった。同盟国アメリカと最大の貿易相手国である中国との対立が激化するなか、日本の将来は不透明さを増すことになる。

「大きな穴が開いたことは確かだ」と、富士通総研経済研究所のマルティン・シュルツ上席主任研究員は指摘する。「内政面では、安倍の安定重視のポピュリズムを引き継ぐ人物は今のところ見当たらない。外交面でも、米中との関係を改善しつつ同時にバランスを取る離れ業は、ほとんど誰にもまねできない」

2012年に首相に復帰して以降、安倍は新しい薬で持病の潰瘍性大腸炎を抑えてきたが、新型コロナウイルス対策にほぼ無休で忙殺されるなかで症状が再発したという。ただし、国民は政府のコロナ対策をあまり評価していない。最近の世論調査では、58%が不満と答えている。

経済面では、安倍は公約を全て果たしたわけではないが、実際に成果を上げたと言える。「アベノミクス」はまずまずの成功を収めた。日本経済はプラス成長に戻り、長いこと経済の足を引っ張っていたデフレスパイラルにも歯止めがかかった。

最も成功したのは金融政策だ。安倍が起用した日本銀行の黒田東彦総裁は、従来の経済理論では制御不能のインフレを招くとされていた大規模金融緩和を断行。マイナス金利の導入にも踏み切るなど、時代を先取りする手を打った。

だが、それ以外のアベノミクスは大成功とは言い難い。規制改革はある程度進んだが、脚光を浴びることはなく、ここ数年は安倍にも強い熱意は感じられなかった。

一方、2016年米大統領選への対応は安倍外交の明らかな勝利だった。安倍は民主党候補のクリントン前国務長官が優位とみて選挙前に会談する一方、共和党候補のトランプにも接触を図り、トランプの当選後に外国首脳としていち早く会談した。

アメリカが環太平洋諸国の貿易協定TPPから離脱したことは、中国封じ込めという点ではトランプ最大の失敗とも言われるが、安倍はアメリカ不在のなかで他の国々をまとめ、11カ国のTPP(CPTPP)を誕生させた。EUとの間でも日欧EPA(経済連携協定)締結にこぎ着けた。

安倍にとって最大の心残りの1つは、国際紛争を解決するための武力行使を放棄し、戦力の不保持を定めた憲法を改正できなかったことだろう。安倍は多くの前任者と同様、この憲法上の制約を取り除こうとしてきた。

【関連記事】安倍晋三は「顔の見えない日本」の地位を引き上げた
【関連記事】安倍政権の7年8カ月の間に日本人は堕落した

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

情報BOX:「エプスタイン問題」とは何か、未公開文

ビジネス

パナソニックHD、4─6月期は3.8%の営業増益 

ワールド

カムチャツカ沖で巨大地震、M8.8で1952年以来

ビジネス

リオ・ティント、上期利益が5年ぶり低水準 鉄鉱石価
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い」国はどこ?
  • 3
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突っ込むウクライナ無人機の「正確無比」な攻撃シーン
  • 4
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 5
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 6
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    タイ・カンボジア国境紛争の根本原因...そもそもの発…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「出生率が高い国」はどこ?
  • 10
    グランドキャニオンを焼いた山火事...待望の大雨のあ…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 8
    レタスの葉に「密集した無数の球体」が...「いつもの…
  • 9
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 10
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中