「イギリス料理がマズい理由」 歴史と階級が奪った「うま味」の話

Volha Shaukavets -shutterstock-
<「なぜイギリス料理はまずいと言われるのか──」地理の視点からイギリス料理の「味気なさ」の意外な理由をひも解く。料理の歴史から見える、地理と経済、そして文化の関係とは>
「経済とは、土地と資源の奪い合いである」
ロシアによるウクライナ侵攻、台湾有事、そしてトランプ大統領再選。激動する世界情勢を生き抜くヒントは「地理」にあります。地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問ではありません。農業や工業、貿易、流通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問なのです。
本連載は、「地理」というレンズを通して、世界の「今」と「未来」を解説するものです。経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。
著者は代々木ゼミナールの地理講師の宮路秀作氏。「東大地理」「共通テスト地理探究」など、代ゼミで開講されるすべての地理講座を担当する「代ゼミの地理の顔」。近刊『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』の著者でもある。
イギリス料理はなぜマズい? その意外な理由
イギリス料理と聞いて、みなさんはどのような料理をイメージするでしょうか?
「何か特別なものってあった?」「イギリス料理ってマズいって聞くけど......」
こうしたイメージを持っている方が多いかもしれません。
ところで、イギリス人は牛肉をよく食べます。「No meat, no life.」とばかりに、とにかくよく食べます。しかも、あまり野菜をとりません。
実はイギリスも、かつての氷食地なのです。そのため土壌中に腐植層が少なく、痩せ地が広がっています。ジャガイモは穫れますが、野菜があまり育ちません。特に冬場の野菜不足は深刻でした。イギリスがアイルランドを植民地支配し、農作物の供給地として位置づけた理由が見えてきます。当時、アイルランド人は実質イギリスの農奴でした。
現在のイギリスは立憲君主の政治体制を採っていますが、イギリス史上唯一共和制だった時代があります。ピューリタン革命によってオリバー・クロムウェルが護国卿に就任した時代です。このときよりイギリスの支配階層となったのが、ジェントルマンと呼ばれる人たちでした。
ジェントルマンは質素な食事を好む
ジェントルマンはプライド高き支配層であり、服装やマナー、飲食など、生き方全般において、「俺たちはジェントルマンだから!」と独自の在り方を決めていきます。中でも飲食に関しては、「ジェントルマンは、暴飲暴食はせずに質素な食事を好む」と決めていました。
料理の品数は少なく、肉を焼いたものをただ食べるだけ。稀にスープが食卓に並ぶ程度でした。400年近くも支配階層にいたジェントルマンが食事にほとんど興味を持たなかった。これはイギリス料理の発展にとって致命的な足かせになりました。またフランス革命後にフランスと対立するようになると、フランス文化の排除も行われます。