最新記事

中朝関係

「感染症で死ぬ前に餓死する」対中貿易が途絶えた北朝鮮で悪化する人道危機

Virus Border Closure Pains North Korea

2020年7月30日(木)18時45分
ガブリエラ・ベルナル(朝鮮半島情勢アナリスト)

長年、中国の遼寧省や吉林省など国境地帯は中朝貿易の中心地となってきた。2016年の統計では2国間貿易の約60%がこの地域を経由している。コロナ禍前から脆弱だった北朝鮮の経済はこの地域に支えられ、命脈を保ってきた。

国境が封鎖された1月末以降、北朝鮮にはこの地域から生活必需品が入ってこなくなった。調理油、小麦粉、さらにはコメまで不足し、価格の高騰が人々を痛め付けている。

北朝鮮の人権状況を注視する国連のトマス・オヘア・キンタナ特別報告者は、北朝鮮の人々の過酷な暮らしぶりについて何度も言及している。それによれば、一般の人々の間では食料不足が深刻で、1日1食か2食、それも多くの場合はコメの代わりにトウモロコシしか食べられず、それさえ口にできない「飢餓状態」の人も大勢いる。キンタナによれば、人口の4割超が「コロナ禍が起きる前から食料不足にあえぎ、多くの子供が栄養失調や発育不良に苦しむ」状況だった。

ホームレスも全土で増えていると伝えられている。医薬品の価格も大幅に上昇。薬を入手できなくなった慢性疾患の患者が悲鳴を上げている。事態の深刻さを受けて、北朝鮮の保健当局は全土の道、市、郡の病院に独自に医薬品を製造するよう指示を出した。だが原料もなければ機材もなく、いくら当局に命令されても大半の病院には薬など作れない。

国境地帯の経済状況はさらに厳しい。この地域では大半の住民が中国から仕入れた商品をヤミ市場で売って生計を立ててきた。国境封鎖で商売ができなくなり、現金収入を失った人々は金鉱に働きに行ったり、キイチゴを摘んで市場で売ったり、発覚すれば殺されるのを覚悟の上で密輸に手を染めている。

特権階級も食料不足に

地元の情報筋によれば、対中貿易の再開が遠のき、北朝鮮の多くの工場は経営破綻寸前に追い込まれている。咸鏡北道の工場の大半はこの半年間操業を停止していて、今すぐ輸出が再開されなければ、多くの工場がつぶれる可能性があるという。

苦境にあえいでいるのは国境地帯だけでない。北朝鮮の特権階級が暮らす首都・平壌でさえ、国境封鎖の影響をもろに受けている。韓国の北朝鮮専門ニュースサイト・デイリーNKが入手した内部情報によると、平壌市民への食料の配給はここ3カ月間止まったままだ。

北朝鮮当局は1990年代に起きた大飢饉のピーク時にも平壌に住むエリートには食料を配給していたから、今は相当深刻な状況にあるということだ。平壌市民が最後に配給を受けたのは3月で、コメではなく、主にトウモロコシだった。

【関連記事】「大した問題でもないのにやり過ぎ」北朝鮮幹部、金与正への不満吐露
【関連記事】中国で性奴隷にされる脱北女性

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:欧州で増加する学校の銃乱射事件、「米国特

ビジネス

豪サントス、アブダビ国営石油主導連合が買収提案 1

ワールド

韓国、第2次補正予算案を19日に閣議上程へ 景気支

ワールド

米の日鉄投資計画承認、日米の経済関係強化につながる
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中