最新記事

北朝鮮

「大した問題でもないのにやり過ぎ」北朝鮮幹部、金与正への不満吐露

2020年6月30日(火)14時40分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

ここ1カ月足らずで与正が世界に与えたインパクトは余りにも強烈だが Korea Summit Press Pool-REUTERS

<一連の強硬策が金与正を北朝鮮の「もう一人の指導者」として印象付けることにあるなら、その目論見はある程度、成功したのかもしれない>

この6月、脱北者団体が散布してきた対北ビラを巡って韓国への強硬策を主導し、北朝鮮の「女帝」とまで呼ばれるようになった金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党第1副部長。

すべては兄・金正恩党委員長とともに書いたシナリオである可能性が高いが、彼女がここ1カ月足らずの間に世界に与えたインパクトは余りにも強烈である。

<参考記事:金正恩氏ら兄妹、対北ビラで「不倫関係」暴露され激怒か

そして、どうやらそれは北朝鮮においても同じであるようだ。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)は最近、平壌在住のある幹部による次のような証言を伝えている。

「暴露ビラ」に激怒

「6月初め、金与正第1副部長の指示により、新型コロナウイルス対策の防疫ルール(夜間の外出禁止)を破った宣伝扇動部の指導員が革命化の処分を受け、黄海道(ファンヘド)の農村に送られた。これに対し中央党(党中央委員会)の幹部たちは『別に大した問題でもないのに行き過ぎた処罰だ』と不満を漏らした」

ここで言われている「革命化」とは、何らかの過ちを犯した幹部の職責を解き、地方の協同農場や炭鉱に送り込み、辛い肉体労働をさせることで党や首領(金正恩党委員長)への忠誠心を高める一種の思想教育だ。平壌で何不自由なく暮らしていた幹部たちにとっては非常にキツイ処分で、健康を害してしまう例も少なくない。

「今回の中央党幹部に対する処罰は、金与正氏が権力中枢で自らの足場を固める意図が込められているように思える。実際に今回の事件を受け、中央党の幹部らは以前にも増して緊張している」(前出の幹部)

一方、金与正氏の強硬姿勢は、庶民にとっても重荷のようだ。

「最近、金与正氏の指示で脱北者によるビラ散布を糾弾する大会が相次いで開かれ、平壌の工場や企業所、大学校など各機関や団体の職員、学生らが総動員された。連日の集会に参加するため、平壌市民は日常生活に大きな支障をきたし、それでなくても苦しい生計にダメージを受けた」(同)

脱北者団体が最近、北へ向けて飛ばしていたビラには「白頭の血統」――つまりは金氏一族の「秘密」が書かれていた。それを直接、目にしていたとしたら、金正恩氏も金与正氏も本気で激怒したのかもしれない。

<参考記事:【写真】水着美女の「悩殺写真」も...金正恩氏を悩ませた対北ビラの効き目

だがそれよりは、「脱北者ビラ」を巡る最近の一連の動きは、金与正氏を北朝鮮の「もう一人の指導者」として印象付けることに目的があると思われる。だとするならば、平壌の幹部や市民が彼女への意識を強めた現状は、その目論見がある程度、成功したことを物語っているかもしれない。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、エヌビディアの最先端半導体「中国など他

ビジネス

サハリン2のLNG調達は代替可能、JERAなどの幹

ビジネス

中国製造業PMI、10月は50.6に低下 予想も下

ビジネス

日産と英モノリス、新車開発加速へ提携延長 AI活用
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 5
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中