最新記事

中国

中国経済は悪化していたのに「皇帝」が剛腕を発揮できた3つの理由

2020年7月22日(水)17時55分
近藤大介(ジャーナリスト) ※アステイオン92より転載

中国式社会主義市場経済の特色

二〇世紀後半の冷戦は、資本主義システムと社会主義システムの正当性を賭けたイデオロギー戦だった。結果は周知のように、一九八九年にベルリンの壁が崩壊し、一九九一年にソ連が崩壊したことで、アメリカ率いる資本主義システムが勝利した。そして、唯一の超大国となったアメリカは、大手を振って二一世紀を迎えた。

その頃、ソ連と並ぶ社会主義の大国だった中国も、一九八九年の天安門事件で、建国後四〇年で最大の危機に陥った。ところがソ連と違って、なんとか持ちこたえた。それは、主に次の三つの理由によった。

第一に、時の最高指導者が、鄧小平という二〇世紀に中国が輩出した最大の傑物だったことである。

私は、孫文も蒋介石も毛沢東も、政治家として高く評価しない。その理由を縷々書いていくと、紙幅が尽きてしまうので省略するが、あの中国崩壊の危機の時に、鄧小平が齢八〇代でギリギリ生きていたことが幸いした。鄧小平の政治は、一言で言えば「軍人政治」で、何事においても規律と効率を重視した。いずれも毛沢東時代の中国には欠けていた要素だ。

第二に、中国には秦の始皇帝以来の、あるいはもっと以前からの四〇〇〇年に及ぶ伝統的な統治制度があり、一九四九年以降の共産党政権は、その基盤の上にソ連式の社会主義を換骨奪胎させていたことである。そのため、たとえ神輿部分の「ソ連的システム」が否定されたとしても、屋台骨である「皇帝制度」は残ったのである。

鄧小平は革命元老の同志たちに、息子一人だけを後継者として政治家にすることを許した。同時に、中国共産党の青年組織である「共青団」(中国共産主義青年団)を活用し、全国から貧しくても有能な人材を募った。

前者は「太子党」と呼ばれ、後者は「団派」と呼ばれた。鄧小平は「中南海」(北京の最高幹部の職住地)で、「太子党」と「団派」を切磋琢磨させながら統治するシステムを確立したのだった。

これはまさに、宮中に忠臣の子弟と、科挙によって全国から集めた秀才とを共存させていた皇帝時代の統治制度そのものである。現在の指導部でも、トップの習近平主席は「太子党」(習仲勲元副首相の息子)であり、ナンバー2の李克強首相は安徽省の農家から共青団第一書記にのし上がった「団派」である。

第三に、一九九二年に「南巡講話」(中国の南方を視察し「改革開放を加速せよ!」と唱えた)を経た鄧小平が、経済学者の呉敬璉らに研究させた社会主義市場経済というシステムを採用したことである。社会主義市場経済は、同年秋の第一四回中国共産党大会で党規約に明記し、翌年春の全国人民代表大会で憲法に明記した。

社会主義市場経済とは、政治は社会主義(中国共産党による一党支配)を堅持するが、経済は市場経済に変えていくということである。

それまでの世界の国々は、資本主義国家なら経済は市場経済であり、社会主義国家なら計画経済だった。ところが鄧小平は、中国共産党の社会主義体制を維持したままで、国を発展させるため、経済分野は資本主義国家に倣おうとしたのである。いわば社会主義と資本主義のイイトコドリだ。

この中国式の社会主義市場経済(「中国の特色ある社会主義」もしくは「中国模式」とも言う)は、その後、紆余曲折を経ながらも成功を収めていった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:トランプ氏の「コメ発言」、政府は参院選控

ビジネス

1.20ドルまでのユーロ高見過ごせる、それ以上は複

ワールド

タイ憲法裁、首相の職務停止 軍批判巡る失職請求審理

ビジネス

中国のAI半導体新興2社、IPOで計17億ドル調達
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 4
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中