最新記事

医療

「緊急事態解除の日」遠い医療現場 他院が拒否した新型コロナ患者受け入れる聖マリアンナ病院の葛藤

2020年5月23日(土)14時31分

家族からの手紙

同病院では毎朝8時、夜勤明けの医師が1人ずつ、取りまとめ役の医師のもとにやって来て、数字や略語を読み上げる。ICUに入院する患者11人の容態についての報告だ。使い込んだPHSを片手に、手狭な廊下を歩いてきた藤谷茂樹・救命救急センター長が報告の場に顔を出した。

「今朝も1人の患者が亡くなった」と藤谷センター長は記者に告げ、ホワイトボードに近づいた。ボードにはマスキングテープがマス目のように貼られ、左側の枠には重症者(そのほとんどが50代、60代)の名前、その横にはここ数日の治療経過が詳しく書き込まれている。

4月5日、6日、8日、12日に患者が入院したことを示す記録、入院前あるいは入院後すぐに気管挿管を行った記録、「アビガン」の試験的投与の記録、人工心肺装置を装脱着した記録などが書かれていた。

その朝に死亡した男性の名前はすでに除かれ、ICUには合わせて3つの空きベッドができたが、藤谷さんは、夕方までに埋まってしまうだろうと語った。

藤谷さんが急に表情を変えた。休憩室でマスクをずらしたまま会話をしている看護師たちを見つけたからだ。

「話すときはマスクをして!」。藤谷センター長は看護師たちに近づき注意した。「そういう気のゆるみが院内感染を起こすからね」。

休憩室の一角にあるボードには、先月亡くなった患者の家族から送られてきた手書きの手紙が貼ってあった。「こんなに辛いことが起こるとは、思いもよりませんでしたし、いまだ実感が持てずにいます」。家族の重い気持ちとともに、医療スタッフへの感謝の言葉もしたためられていた。

ぬぐえぬ無力感、蓄積するストレス

ナースステーションにあるモニターの画面は、壁の向こう側のICU内にいる患者の様子を映し出している。

「全然良くなってないです。見かけ上は良くなってますけど」。応援のためセンターに派遣された小児科医はコンピューターの画面に映し出されたデータを見ながら、そう語った。

「数週間ずっと、症状が何も変わらなくても、急に容体が悪化するというのはよくあります」と、藤谷センター長は自分のオフィス内を歩き回りながら語った。「治ってくれるのなら頑張ろうと思うけど、すごく力を注ぎこんできたのに亡くなってしまったら、無力感を感じる。みんな治すつもりでやっているんだから」。

ICUで治療を受けた患者のうち、これまでに1人が補助器具なしで呼吸できるようになった。しかし、無事にICUを出たとはいえ、完全に回復するかどうかはまだ分からない。

藤谷センター長は、4月に自殺したニューヨークの救急医について語った。その女性医師は何十人もの新型コロナ患者が死んでいく姿を目の当たりにしたという。

「こんな状態が2カ月、3カ月に及んでいるから、かなりストレスはかかっていると思う」と、藤谷さんは言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

印インフレにリスク、極端な気象現象と地政学的緊張で

ワールド

タイ中銀、経済成長率加速を予想 不透明感にも言及=

ワールド

共和予備選、撤退のヘイリー氏が2割得票 ペンシルベ

ビジネス

国内債は超長期中心に数千億円規模で投資、残高は減少
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 8

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中