最新記事

日本に迫る医療崩壊

「命の選別」を強いられるアメリカの苦悩

WHO WILL DOCTORS SAVE?

2020年5月1日(金)18時00分
フレッド・グタール(サイエンス担当)

医師が何らかの基準に従って公平な判断をしようとしても、現状では難しい。指針は州ごとに大幅なばらつきがあり、必ずしも守られていない。病院は横の連携を欠き、競争が激しいため人員・設備ともぎりぎりの状態で運営されていて、危機に対応できる余力はほとんどない。

無保険者は見放され、病院に多額の寄付をした人や優秀な弁護士を抱える人が優先されるのだろうか。

患者を救うために日々奮闘している医師と医療従事者の肩に、命の選別の責任が重くのしかかる。

magSR200501-ny01.jpg

セントラルパークにも臨時の「野戦病院」が Lockman Vural Eubol-Anadolu Agency/GETTY IMAGES

「公平な基準」作りの難しさ

アメリカはこれまでも、命の選別に直面してきた。移植用臓器の配分だ。各州は、公平に臓器を配分する目的で設立されたNPO「臓器分配ネットワーク(UNOS)」に従ってレシピエント(移植患者)を決定している。UNOSの基準では、医学的に移植が適切であることに加え、臓器が提供された直後に移植を受けられることがレシピエントの条件とされる。

この条件では、臓器提供の連絡を受けたときに全米のどこであれすぐにプライベートジェットで移動できるような大富豪が優先されかねない。だがこの手の不平等をメディアが問題にすることはほとんどない。

臓器提供と違い、新型コロナの感染拡大に伴う医療資源の配分は全ての人々に劇的な影響を与えかねない。医師や病院にとっては、第2次大戦と1918年のスペイン風邪のパンデミック以来の事態だ。18年のパンデミックでは病院に呼吸困難の患者があふれ、大規模な選別が行われた。

アメリカの医療制度において、緊急時対応のルールは一貫性を欠くか、そもそも存在しない。急患があふれ医療資源が不足する状況を想定して各州が作成した「危機的状況下の医療基準」は、州ごとに異なる。特定の属性の患者を治療対象から除外している州もあり、差別的だと一部の生命倫理学者から批判されている。

特定のタイプを「集団ごと」排除する州もあると、ピッツバーグ大学医療センターの「重症者医療における倫理・意思決定に関するプログラム」の責任者であるダグラス・ホワイト教授は言う。アラバマ州は2010年、人工呼吸器を使用する対象から重度の知的障害者を除外するガイドラインを発表して批判を浴びた。「テネシー、カンザス、サウスカロライナ、インディアナの各州も除外基準を設けている」と、ホワイトは言う。

除外基準はないが、多くの生命倫理学者が公平でないと見なす基準を採用している州もある。例えばニューヨーク州のガイドラインは、できる限り多くの命を救うことを目指している。生き延びる可能性が同じなら、患者が90歳でも20歳でも優先順位は同じと規定されているが、「多くの人は理屈抜きで道徳的違和感を覚える」とホワイトは言う。

ホワイトらは危機的状況下で医療資源を公平かつ平等に配分するための指針を作成した。この指針では除外基準は使わず、4つの原則を組み合わせてスコアを算出する。

まず、できるだけ多くの命を救うこと、そしてできるだけ多くの「生存年数」を確保することが2大原則で、若い患者ほど優先順位が高い。2大原則でスコアが同じなら、医療従事者(広い意味で緊急時対応に不可欠で、リスクに直面する人々)を優先。もう1つの原則は「ライフサイクル」で、やはり若い患者の優先順位が高い。ペンシルベニア州は州内300の病院にこの指針を採用。カイザー・パーマネンテなど大手医療団体も採用を検討中だという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

オランダ半導体や航空・海運業界、中国情報活動の標的

ワールド

イスラエルがイラン攻撃と関係筋、イスファハン上空に

ワールド

ガザで子どもの遺体抱く女性、世界報道写真大賞 ロイ

ワールド

北朝鮮パネルの代替措置、来月までに開始したい=米国
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 8

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中