最新記事

国際機関

アメリカの無関心が招いた中国のWHO支配

How America Ceded the WHO to China

2020年4月21日(火)19時40分
ビル・パウエル(本誌記者)

トランプに「中国寄りでパンデミックの対応を誤った」と批判されているWHOのテドロス事務局長 DENIS BALIBOUSE-REUTERS

<トランプの資金停止宣言は極端だが、明らかになった中国によるWHO支配の危険に先進国は対処するべき>

中国の担ぐ候補者が初めてWHO(世界保健機関)の事務局長に選ばれたとき、それを聞いたアメリカ合衆国大統領が眉をつり上げることはなかった。その数年前に、中国ではインフルエンザに似た未知の感染症SARS(重症急性呼吸器症候群)が発生していた。彼らは当初、その事実を隠蔽した。その後も事態の深刻さを過小評価し続けたが、アメリカは意に介さなかった。大統領は中国との間で波風を立てたくなかったし、政権内部にもWHOの人事に異を唱える者はいなかった。

香港出身で医師のマーガレット・チャン(陳馮富珍)が加盟国の過半数を超える票を集めてWHO事務局長(任期5年)に選ばれたのは2006年11月9日のこと。その2日前、アメリカでは与党・共和党が中間選挙で大敗し、上院でも下院でも少数与党に転落していた。イラク戦争はますます泥沼化し、ジョージ・W・ブッシュ大統領は国防長官の更迭に踏み切らざるを得なかった。政権の基盤が揺らいでいた。誰がWHOのトップになろうと、知ったことではなかった。

5年後も同じだった。親中国派の人材を次々に登用したチャンが再びWHO事務局長に選ばれても、当時のオバマ政権は静観していた。そして2017年春にチャンの後継としてテドロス・アダノムが事務局長に立候補したときも、大統領就任直後のドナルド・トランプや政権幹部が気に留めることはなかった。

そもそもトランプは選挙戦の段階から、中国と言えば貿易のことしか頭になかった。「あの頃は誰もWHOなど気にしていなかった」。国家安全保障会議(NSC)のある職員は匿名を条件に、そう語った。

元エチオピア外相のテドロスは中国の強力な支援を受け、アメリカが義理で推していたイギリス人のデービッド・ナバロを133対50で破り、医師の資格を持たない初のWHO事務局長となった。ニューヨーク・タイムズ紙は当時、アフリカからWHO事務局長が出るのは初めてだという型どおりの記事を載せている。

ヒト・ヒト感染の把握時期は

自国の大都市で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する中国の隠蔽と情報操作。そして死活的に重要な初期段階でWHOがそれを黙認したこと。これは大スキャンダルだ。その影響は何年も尾を引くだろう。

「このウイルスはヒト・ヒト感染しないという中国側の主張を、WHOは少なくとも1月14日まで認めていた。おかげで中国のごまかしが可能になった」。米食品医薬品局(FDA)の元長官スコット・ゴットリーブはそう指摘する。

トランプは4月14日、WHOに対する資金拠出を60〜90日間停止し、「コロナウイルス対応の重大な誤りと隠蔽におけるWHOの役割の検証を行う」と発表した。つまり、アメリカがWHOの仕事を気にしない時代は終わったということだ。WHOは何を、いつから知っていたのか。そして中国側からどんな報告を得ていたのか。アメリカも世界もそれを知りたがっている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、月内の対インド通商交渉をキャンセル=関係筋

ワールド

イスラエル軍、ガザ南部への住民移動を準備中 避難設

ビジネス

ジャクソンホールでのFRB議長講演が焦点=今週の米

ワールド

北部戦線の一部でロシア軍押し戻す=ウクライナ軍
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に入る国はどこ?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 5
    恐怖体験...飛行機内で隣の客から「ハラスメント」を…
  • 6
    AIはもう「限界」なのか?――巨額投資の8割が失敗する…
  • 7
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 8
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 9
    40代は資格より自分のスキルを「リストラ」せよ――年…
  • 10
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 7
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 8
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 9
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 10
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中