最新記事

追悼

台湾人だけが知る、志村けんが台湾に愛された深い理由

THE MOST-BELOVED JAPANESE IN TAIWAN

2020年4月3日(金)17時50分
蔡亦竹(台湾・実践大学助理教授)

志村(右端)が出演した「8時だョ! 全員集合」は台湾でも人気だった 毎日新聞社/AFLO

<コロナウイルスに倒れた志村けん。その死に台湾人が打ちのめされたのは、志村が彼らにとって、民主化を迎える夜明け前の時代を共に過ごした「心の友」だったからだ>

志村けんは、なぜこうも台湾人に愛されるのか。

国共内戦後、中国から台湾に逃れてきた中華民国政権は日本に「以徳報怨」というスローガンを掲げた。一方、少数派であった与党・国民党は多数派の元日本国民であった台湾人に「われわれは対日戦争に勝って台湾人を二等国民の扱いから解放した」と主張することで、自分たちの高圧的統治を正当化した。そのため、日本との貿易などの「実務」を継続しながら、日本の文学、映画、テレビ番組などはあまり推奨しなかった――元々台湾人たちのみに共有されたこれらの事象は、台湾人アイデンティティを喚起してしまう恐れがあったからだ。

1972年の日中国交正常化に伴い、台湾は直ちに日本に国交断絶を宣言した。中華民国から見れば、中国との国交樹立は裏切り行為であり、そのためこの年に台湾政府は一切の放送で日本語を禁止にし、日本映画の輸入もご法度になった。80年代末期にようやく禁制が緩くなり、それでも薬師丸ひろ子が台湾で映画宣伝を行った時には、日本語ではなく英語で司会者とやり取りした。「日本追放」の全面解除は93年末まで待たなければならなかった。

「バカ殿」鑑賞という反政府行為

今、台湾は親日的な国柄で知られている。しかし、このような理由からわれわれ40代の人間は中学校まで日本を悪者として教育されていた。

だが「反日」という国是はあくまでも権力者の都合だ。志村の全盛期である80年代は、台湾戒厳令時代の末期でもあった。政権側に牛耳られていたテレビ局は、視聴率を取るために日本のTBSと提携。「8時だョ!全員集合」の台湾版「黄金拍檔」が制作され人気を博した。だがその勢いは2、3年で急落した。理由は簡単だった。

「あれは日本のドリフターズのパクリだよ。オレたちが知らないとでも思ってるのか」

政権に政治的に圧迫され、マスコミを統制された台湾人は当時流行りのレンタルビデオ店に心の自由を求めた。著作権なき時代に日本のプロレス、ドラマ、時代劇、お笑い番組そしてアダルトビデオが棚に並んだ。それらのビデオは日本在住の台湾人に録画してもらい、キャビンアテンダントが台湾に持ち込んだいわば「密輸品」だった。

たかがビデオの鑑賞も、当時の台湾人にとっては反政府の香りがする行動だった。「密輸入」のビデオでエンターテインメントを享受する同時に、「オレらの方が本物を知っているぞ」という妙な優越感を持ち、政権側の思想統制をあざ笑ったのだ。

ただし、たとえお笑いでも言葉の壁があり、日本の漫才や話術を本当に楽しむことは難しい。その分、志村のお笑いは直感的で分かりやすかった。世代を問わず、台湾人にとって志村は「大爆笑」の代名詞になると同時に、自由のシンボルにもなった。

今、あなたにオススメ

ニュース速報

ビジネス

米耐久財受注、8月は予想外に増加 設備投資の勢い復

ワールド

北朝鮮、越境米兵を中国へ国外追放 米国が身柄保護・

ワールド

米、イランの無人機調達網に制裁 ロシア支援と非難

ワールド

ワグネル構成員、一部が東部で戦闘 戦況に影響なし=

今、あなたにオススメ

MAGAZINE

特集:日本化する中国経済

特集:日本化する中国経済

2023年10月 3日号(9/26発売)

バブル崩壊危機/デフレ/通貨安/若者の超氷河期......。失速する中国経済が世界に不況の火種をまき散らす

メールマガジンのご登録はこちらから。

人気ランキング

  • 1

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があったのか

  • 2

    ロシア黒海艦隊、ウクライナ無人艇の攻撃で相次ぐ被害──「大規模反攻への地ならし」と戦争研究所

  • 3

    ウクライナが手に入れた英「ストームシャドウ」ミサイルの実力は?

  • 4

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗…

  • 5

    ウクライナ軍の捕虜になったロシア軍少佐...取り調べ…

  • 6

    最新兵器が飛び交う現代の戦場でも「恐怖」は健在...…

  • 7

    電撃戦より「ほふく前進」を選んだウクライナ...西側…

  • 8

    「可愛すぎる」「飼いたくなった」飼い主を探して家…

  • 9

    「嘔吐する人もいた」アトラクションが突如故障、乗…

  • 10

    ワグネルに代わるロシア「主力部隊」の無秩序すぎる…

  • 1

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があったのか

  • 2

    最新兵器が飛び交う現代の戦場でも「恐怖」は健在...「スナイパー」がロシア兵を撃ち倒す瞬間とされる動画

  • 3

    マイクロプラスチック摂取の悪影響、マウス実験で脳への蓄積と「異常行動」が観察される

  • 4

    これぞ「王室離脱」の結果...米NYで大歓迎された英ウ…

  • 5

    「ケイト効果」は年間1480億円以上...キャサリン妃の…

  • 6

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗…

  • 7

    J.クルーのサイトをダウンさせた...「メーガン妃ファ…

  • 8

    ロシアに裏切られたもう一つの旧ソ連国アルメニア、…

  • 9

    常識破りのイーロン・マスク、テスラ「ギガキャスト」に…

  • 10

    「クレイジーな誇張」「全然ちがう」...ヘンリーとメ…

  • 1

    イーロン・マスクからスターリンクを買収することに決めました(パックン)

  • 2

    <動画>ウクライナのために戦うアメリカ人志願兵部隊がロシア軍の塹壕に突入

  • 3

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗組員全員死亡説も

  • 4

    コンプライアンス専門家が読み解く、ジャニーズ事務…

  • 5

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があっ…

  • 6

    「児童ポルノだ」「未成年なのに」 韓国の大人気女性…

  • 7

    サッカー女子W杯で大健闘のイングランドと、目に余る…

  • 8

    「これが現代の戦争だ」 数千ドルのドローンが、ロシ…

  • 9

    「この国の恥だ!」 インドで暴徒が女性を裸にし、街…

  • 10

    ロシア戦闘機との銃撃戦の末、黒海の戦略的な一部を…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中