最新記事

生物

「農薬がハチの幼虫の脳に害をもたらす」幼虫期への影響を解明する初の研究結果

2020年3月13日(金)17時15分
松岡由希子

マルハナバチの脳のマイクロCTスキャン Dylan Smith/Imperial College London

<これまでもハチの成虫への農薬の作用を研究する論文はいくつか発表されてきたが、幼虫期に農薬がどのような影響を及ぼしているのかを解明した研究がはじめて発表され注目されている......>

ミツバチが大量に失踪する「蜂群崩壊症候群(CCD)」が世界各地で確認されるなど、近年、ミツバチの個体数が減少している。その要因のひとつとして、農作物に散布される農薬がミツバチの生態に影響を及ぼしているのではないかとみられている。

たとえば、ネオニコチノイドは、蜂群崩壊症候群の誘因となるなど、ミツバチへの影響が指摘され、欧州連合(EU)で使用規制されているが、現在も、米国や日本をはじめ、世界で広く用いられている。

農薬の幼虫期への影響を解明した初の研究成果

英インペリアル・カレッジ・ロンドン(UCL)の研究チームは、2020年3月4日、学術雑誌「英国王立協会紀要」において、「農薬はマルハナバチの幼虫の脳に害をもたらし、成虫になってからも学習能力に影響をもたらす」との研究論文を発表した。これまでにもハチの成虫への農薬の作用を研究する論文はいくつか発表されてきたが、幼虫期に農薬がどのような影響を及ぼしているのかを解明した初の研究成果として注目されている。

研究チームは、ネオニコチノイドを加えた花蜜の代替物をマルハナバチの群生に与え、幼虫がサナギから成虫に変態したのち、3日後と12日後に、匂いとご褒美の餌とを関連づけるタスクを10回行わせてその成功回数をスコア化する検査を実施。幼虫期にネオニコチノイドを摂取していない成虫の検査スコアを比較したところ、幼虫期にネオニコチノイドを摂取した成虫の学習能力は著しく損なわれていた。

記憶や学習をつかさどる脳の領域が小さくなった

また、研究チームは、マルハナバチ92匹を対象に、マイクロCTスキャナで脳の画像を撮影した。その結果、ネオニコチノイドを摂取したマルハナバチは、記憶や学習をつかさどる脳の領域「キノコ体」が小さかった。幼虫期にネオニコチノイドにさらされることでキノコ体が小さくなり、これによって学習能力が損なわれたのではないかと考えられている。

また、成虫に変態してから3日後と12日後を比較したところ、検査スコアもキノコ体の大きさにも変化はみられなかった。幼虫期にネオニコチノイドがもたらした作用は成虫になって以降も続くと考えられる。

研究論文の責任著者であるリチャード・ギル教授は、一連の研究結果について「農薬にさらされた幼虫が成虫になっても十分に食料を採集できなくなることで、農薬にさらされてからしばらく経過した後、ハチの群生への影響が顕在化する可能性があることを示している」とし、「このようなプロセスをふまえたうえで農薬使用のガイドラインを策定する必要がある」と指摘している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドル建て業務展開のユーロ圏銀行、バッファー積み増し

ワールド

ウクライナ南東部ザポリージャで19人負傷、ロシアが

ワールド

韓国前首相に懲役15年求刑、非常戒厳ほう助で 1月

ワールド

米連邦航空局、アマゾン配送ドローンのネットケーブル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中