最新記事

オウム真理教

地下鉄サリン25年 オウムと麻原の「死」で日本は救われたか(森達也)

2020年3月20日(金)11時00分
森 達也(作家、映画監督)

2018年7月、麻原死刑囚ら13人の死刑執行 AP/AFLO

<1995年3月20日、オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こした――。2018年の麻原彰晃の死刑を経て加速する日本社会の「集団化」。その意味を、ドキュメンタリー映画『A』『A2』でオウム信者たちを追った作家・映画監督の森達也が問う(前編)>

「処刑後の父とは2回会いました。最初は本当に短い時間。拘置所が用意した小さい棺桶にぎちぎちに入れられて、頭には白い布が巻かれていて、ひつぎの窓から顔だけ見えている。周りに刑務官の方がたくさんいて、ひつぎには絶対に触れるなと言われました。遺体を返してくださいと何度もお願いしたのだけど......」

そう言ってから松本麗華は数秒だけ沈黙した。その後の経緯は報道されたので僕も知っている。

2018年7月6日、麻原彰晃こと松本智津夫の死刑が、他の6人のオウム死刑囚と共に執行された。7日、拘置所は遺体に会いに来た家族に対して引き渡しを拒否。その翌日以降、執行直前に遺体の引き渡し先について刑務官に質問された麻原が「四女」と答えたという報道が、一部メディアで始まった(ただしこれは法務省の公式発表ではない)。

しかし、遺体の引き渡しを拒む拘置所に対して麻原の妻と次女、三女である麗華と長男、次男は「(麻原の)精神状態からすれば特定の人を引き取り人として指定することはあり得ない」と反論。11日には、四女の代理人である滝本太郎弁護士が、記者会見で散骨の意向を表明した。

ここまでは報道されている。そして以下は報道されていないこと。この年の3月、執行後の遺体について法務省は、死刑囚本人が指定した人に引きとらせるとする通達を発している。処刑はその4カ月後だ。なぜこのタイミングでこの通達なのか。そう思うのは僕だけだろうか。

aum-mori20200320-chart.png

2020年3月24日号49ページより

事態は今も膠着したままだ。家族は引き渡しを求めているが、遺骨は拘置所に保管されている。こんな前例はかつてない。処刑前の不自然な通達や遺体の引き渡し先を四女としたとの情報の出どころも含め、極めて政治的な動きが裏であった可能性はあると思う。補足するが、麗華と家族たちが最初に遺体と対面したとき、拘置所は麻原の遺言については何も言っていない。メディアが報道した後に、急に話を合わせてきたという。

「担当の刑務官の方に、本当に父はそんなことを言ったんですか、と聞いてもちゃんと返事をしてくれない。目をそらす、という感じでした。何かを無理しているなと感じました」

そう言ってから麗華は、「2回目の対面は翌日で、このときはひつぎのふたを開けてもらって顔に触れることができました」とつぶやいた。「それが最後。その数日後に森さんに電話しました」

僕はうなずいた。電話で麗華が「江戸時代の農民みたいな顔でした」と言ったことを覚えている。意味がよく分からなかったが、それよりも気になったのは、このときの彼女の声が妙に明るかったことだ。その直前には涙声だった。急激な変化に、何となく危うい精神状態を感じた。

「そうだったかもしれない」と麗華は言う。「あの頃のことはあまりよく覚えていないんです。父が処刑されてしばらくはずっとふわふわしていて、今もちゃんと思い出せない」

「江戸時代の農民の意味は?」

「髪を短く刈られて痩せ細っていたので、そんなふうに思ったのかな」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中央軍、オマーン湾とアラビア海での封鎖を通知 イ

ワールド

イスラエル国民はイラン停戦に反対、尊重するかで世論

ワールド

英仏、ホルムズ海峡巡り今週会合開催 防衛的海上任務

ビジネス

基本原則は債務残高のGDP比引き下げ、債務の定義で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】イラン情勢で「任天堂」が急落 不確実な相場で人気の優良株から売られる落とし穴
  • 2
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国防軍は崩壊寸前」
  • 3
    新しいアメリカンドリームは「国外移住」...5人に1人が海外を希望する時代
  • 4
    日本は「イノベーションのやり方」を忘れた...ホンダ…
  • 5
    健康を守るはずのサプリが癌細胞を助ける? 思いがけ…
  • 6
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 7
    「いい加減にして...」ケンダル・ジェンナーの「目の…
  • 8
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 9
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 10
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 7
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 8
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 9
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 10
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 10
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中