最新記事

医療

乳がん細胞を脂肪細胞に変えることに成功:バーゼル大学の研究

2019年8月19日(月)18時00分
松岡由希子

脂肪細胞 Dr.Microbe-iStock

<スイスのバーゼル大学の研究チームは、抗がん剤と糖尿病治療薬を組み合わせることで、乳がん細胞を脂肪に変えることに成功した......>

国際がん研究機関(IARC)の推計によると、乳がんは、肺がんに次いで罹患数が多く、2018年に乳がんと診断された患者の数は、世界でおよそ210万人にのぼる。

スイスのバーゼル大学の研究チームは、上皮間葉転換(EMT)や間葉上皮転換(MET)といったがん細胞が体中に広がるときのメカニズムを活用し、米食品医薬品局(FDA)の承認薬によって乳がん細胞を脂肪に変えることに成功した。一連の研究成果は、2019年1月14日、がん領域の学術雑誌「キャンサー・セル」で公開されたが、再び今話題になっている。

抗がん剤と糖尿病治療薬の組み合わせで

上皮間葉転換とは、周囲の細胞と接着する上皮細胞がその機能を失い、周囲と結合せず、運動性の高い「間葉」の特性を持つ細胞へと形質が変化するプロセスを指し、間葉上皮転換は、逆に、間葉系細胞が運動性を失い、上皮細胞の形質を得る現象をいう。がん細胞は、これらのプロセスを用いて次々と転移し、体中に広がっていく。

研究チームでは、上皮間葉転換や間葉上皮転換が進行中の細胞は可変状態にあることに着目。ヒトの乳がん細胞を雌のマウスの乳腺脂肪体に移植したうえで、食品医薬品局で承認されている抗がん剤「トラメチニブ」と2型糖尿病治療薬「ロシグリタゾン」をこれらのマウスに投与した。

その結果、乳がん細胞が脂肪細胞に変化したほか、原発腫瘍の成長が抑制され、転移も防ぐことができた。また、長期の培養実験によると、がん細胞から変化した脂肪細胞が乳がん細胞に再び戻ることはなかった。「トラメチニブ」ががん細胞から幹細胞への移行プロセスを高め、「ロシグリタゾン」の作用と相まって、幹細胞から脂肪細胞への転換がすすんだためとみられている。

ヒト臨床実験にも着手しやすいとみている

一連の研究結果は概念実証にとどまっており、ヒトにもマウスと同様の効果がみられるのか、乳がん細胞以外のがんにも適用できるのかについては、さらなる研究が必要だ。研究チームでは、この実験で用いた「トラメチニブ」と「ロシグリタゾン」がいずれも食品医薬品局の承認薬であることから、今後、この新たな治療法に関するヒト臨床実験にも着手しやすいとみている。

研究論文の責任著者でもあるバーゼル大学のゲールハルト・クリストフォリ教授は「将来的には、この新たな治療法と既存の化学療法とを組み合わせることで、原発腫瘍の成長と転移の両方を抑制できるようになるかもしれない」と期待を寄せている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ関税、有力新興国には過剰な痛みを伴わずに乗

ワールド

欧州委、偽情報対策強化へ「民主主義保護」戦略を発表

ビジネス

米国の休暇シーズン旅行、今年は需要減退の見通し=デ

ワールド

米陪審、737MAX墜落事故巡りボーイングに賠償評
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 4
    炎天下や寒空の下で何時間も立ちっぱなし......労働…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 7
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 10
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中