最新記事

百田尚樹現象

【百田尚樹現象】「ごく普通の人」がキーワードになる理由――特集記事の筆者が批判に反論する

2019年6月27日(木)17時00分
石戸 諭(ノンフィクションライター)

190627_Hyakuta03.jpg

6月27日付朝日新聞朝刊に掲載された「論壇委員会から」 Newsweek Japan

朝日新聞に訂正を申し入れた理由

もう一つ、この特集で意識していたのはアメリカのフェミニズム社会学者、A.R.ホックシールドの名作『壁の向こうの住人たち アメリカ右派を覆う怒りと嘆き』(岩波書店、2018年)です。彼女は明らかにリベラル派でありながら、「壁」を超えて、トランプ政権誕生を支えることになる右派の人たちの感情を理解しようと調査を重ねるのです。

ホックシールドは「左派でも右派でも、『感情のルール』が働いている」と指摘します。そして、自分とは違う右派にとって「真実と感じられる物語」=ディープストーリーを徹底的な調査をもとに描き出すのです。

その姿勢は私が「研究」と呼ぶ活動、そのものです。

特集の冒頭に書いたようにリベラル派からはもっとも見えないものの一つが百田尚樹氏、そして百田尚樹読者です。まず彼らを理解し、可視化するという点にこだわって取材を重ね、事実を集め、その先に現象を支える「ごく普通の人々」を浮かび上がらせようした私のスタンスと、ブラウニングやホックシールドのそれはかなり近いと思うのです。

【関連記事】ニューズウィーク日本版はなぜ、「百田尚樹現象」を特集したのか

さて。特集への賛否はともかく、読んでいただいた読者の皆様にはお礼を申し上げたい......のですが、ジャーナリズムのプロからの批判ならば御礼だけではすまないので、批判には真摯な応答が必要です。

5月30日付朝日新聞「論壇時評」で、ジャーナリストの津田大介氏がこんなことを書いています。

《石戸は百田を「ごく普通の人」と位置付けたが、それは誤りである。百田は稀代のストーリーテラーであり、その天才的能力を敵視でつながりたい人々に幅広く提供した「相互承認コミュニティのリーダー」なのだ。》

最初の一文には明らかな誤りがあります。この論考で私は「百田尚樹=普通の人」と位置付けた事実はありません。私はレポートの結論で百田氏について「ごく普通の感覚を忘れない人」と書いていますが、それと「ごく普通の人」は、読解する上で大きな違いがあります。「位置付ける」というのは、「ふさわしいと思われる位置に置く」(日本国語大辞典)です。私はこの論考で、いかに「百田尚樹」という人が特異な才能を持っているかについて、取材をもとに明らかにしていますが、彼を「普通の人」などとはどこにも書いていません。

さらにその後に続く一文「百田は稀代のストーリーテラーであり......」は私が特集の中で強調していることです。誤りを指摘した批判のあと、この一文を続けており、これをそのまま読むと私が「百田をストーリテラー」として認識していないものと読めます。

私はこの時評が発表されてからすぐ、朝日新聞に「訂正してほしい」と抗議をしました。結果は6月27日付朝日新聞朝刊紙上で掲載されている通りです。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、貿易戦争想定の経済予測を初公表 25年成長

ワールド

米下院特別委、ロ軍への中国人兵参加問題で国務省に説

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる

ビジネス

SHEIN、米事業再編を検討 関税免除措置停止で=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中