最新記事

香港, 特集香港

香港大規模デモ、問題の「引き渡し条例」とは何か?

2019年6月12日(水)13時15分

6月9日、中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」の改正案に反対する大規模デモが香港で行われた。写真は8日、香港で改正案に抗議して鎖で拘束されるデモを行う学生(2019年 ロイター/Tyrone Siu)

中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」の改正案に反対する大規模デモが香港で9日行われた。主催者発表によれば103万人が参加し、2003年の「国家安全条例」案に反対した50万人規模のデモを大きく上回った。

今回の改正案が成立すれば、香港住人だけでなく、香港に住んだり渡航した外国人や中国人までもが、中国側からの要請があれば本土に引き渡されることになる。

国内外で圧力が強まる中、逃亡犯条例改正案は12日から立法会で審議が始まる予定。現立法会は体制派(親中派)が優勢で、法案は月内に可決されるとみられている。

6日には、弁護士ら数百人が異例の抗議活動に参加し反対を表明した。

大規模デモの火種となった香港の引渡し条例改正案について、以下にまとめた。

●逃亡犯条例改正案とは何か

香港特別行政府が2月に提案した改正案で、現在ケースバイケースで対応している刑事容疑者の身柄引き渡し手続きを簡略化し、香港が身柄引き渡し条約を結んでいる20カ国以外にも対象を広げるという内容だ。

改正案は、香港から中国本土や台湾、マカオへの身柄引き渡しも初めて明示的に認めている。香港当局は、これによって香港を本土からの犯罪人の逃避先にしていた「抜け穴」を塞ぐことができると主張する。

外国当局から引き渡しの要請を受けた香港当局は、引き渡し手続きを開始し、法廷での審理を経た上で、最終的に引き渡しを承認することができる。容疑者は、法廷での審理結果に不服があれば上訴することもできる。しかし、一方で、引き渡し手続きに対する立法会の監督権限はなくなる。

●香港行政府は、なぜ改正案を進めているのか

昨年、香港人の若い女性が旅行先の台湾で殺害された事件をきっかけに、香港当局は法改正に乗り出した。警察は、この女性の交際相手が香港に帰国後、自白したとしているが、この男は(殺人事件では訴追されず)現在マネーロンダリング関連の罪で服役している。

一方で、台湾当局は、改正案は香港にいる台湾人をリスクにさらすものだとして強く反対しており、もし改正案が成立した場合も、殺人犯としてこの男の引き渡しを求めることは拒否するとしている。

香港が1997年、「一国二制度」の下で英国から中国に返還される以前から、いずれ本土との間に身柄引き渡しについての取り決めが必要になるとの指摘が当局者や専門家から出ていた。

香港に広範な自治を認めた同制度では、中国本土とは異なる独立した司法システムの維持も認めている。

返還後、中国本土の司法や安全保障当局者との間で非公式協議が行われたが、ほとんど進展はみられなかった。中国本土では、共産党が司法制度をコントロールしている。

●改正案に対する反発の強さはどの程度か

改正案に対する懸念は最近になって急速に広がり、普段であれば香港や中国の当局と大っぴらに対立することを嫌うビジネス界や体制派にまで拡大している。

香港の裁判官も非公式に警戒感を表明しており、香港に拠点を持つ本土の弁護士でさえ、本土の司法システムでは最低限の公正さすら期待できないとして、これに同調している。香港の弁護士グループは、改正案の延期を求め、政府に詳細な要望書を提出した。

香港当局は、裁判官が引き渡し審査に際して、「番人」としての役割を果たすと強調している。だが、中国本土と香港との関係緊密化に加え、引き渡し審査内容が限定的であることから、裁判官が中国政府からの政治的圧力や批判にさらされる恐れがある、と一部の裁判官は非公式に懸念している。

学校や弁護士、そして教会グループが、人権擁護団体とともに改正案への抗議活動に参加している。

改正案を巡って立法会で乱闘騒ぎが起きたことを受け、行政府は通常の立法手続きを迂回して法案成立を急ぐことを決め、反対派を激怒させた。

人権への懸念を巡り、国外からの政治的、外交的圧力も強まっている。ポンペオ米国務長官や英独の外相が表立って発言し、欧州11カ国の総領事などが林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官に面会して正式に抗議している。

「法の支配や香港の安定と安全保障、偉大な国際貿易拠点としての地位に深刻な打撃を与えるものだ」。英国の最後の香港総督を務めたクリス・パッテン氏は6日、こう述べて懸念を表明した。

一部の野党政治家は、この問題は香港の独立的地位にとって転換点となるものだとしている。

●改正案を撤回又は延期する可能性は

林鄭氏や行政府幹部はこの改正案を強力に擁護しており、台湾で起きた殺人事件を巡って行動を起こし、「抜け穴」を閉じる必要があると強調している。

また、政治的、宗教的な訴追に直面していたり、拷問を受ける恐れがある容疑者の場合、引き渡しを阻止する「安全弁」が講じられているほか、死刑に処される恐れがある容疑者も引き渡しされないと主張する。

引き渡しの対象を重い犯罪に限定し、9件の経済犯罪については明示的に除外するなど、引き渡しの要件を厳しくしたものの、行政府が改正案そのものを撤回したり、より慎重な議論を行うために延期するような兆候はない。

外交圧力に直面する中国当局者も、この問題は主権問題だとして香港特別行政府を支持する立場を明確にしている。

(翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)

Greg Torode

[香港 9日 ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2019トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

ニューズウィーク日本版 ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年2月24号(2月17日発売)は「ウクライナ戦争4年 苦境のロシア」特集。帰還兵の暴力、止まらないインフレ。国民は疲弊し、プーチンの足元も揺らぐ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米SEC委員長、企業幹部報酬の開示規則緩和に言及

ワールド

ヒズボラ、レバノン政府による武装解除第2段階の4カ

ワールド

トランプ氏、日本の対米投資第1号発表 3州でガス発

ワールド

英王子創設のアースショット賞、26年表彰式はムンバ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
2026年2月24日号(2/17発売)

帰還兵の暴力、ドローンの攻撃、止まらないインフレ。国民は疲弊しプーチンの足元も揺らぐ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    オートミール中心の食事がメタボ解消の特効薬に
  • 2
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」でソフトウェア株総崩れの中、投資マネーの新潮流は?
  • 3
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トランプには追い風
  • 4
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 5
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 6
    川崎が「次世代都市モデルの世界的ベンチマーク」に─…
  • 7
    極超音速ミサイルが通常戦力化する世界では、グリー…
  • 8
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 9
    アメリカが警告を発する「チクングニアウイルス」と…
  • 10
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発される中国のスパイ、今度はギリシャで御用
  • 4
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 5
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」で…
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 8
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 9
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 10
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中