最新記事

メディア

「心の専門家」に、ピエール瀧氏を「分析」させるメディアの罪

2019年4月19日(金)15時55分
荻上チキ(評論家)、高 史明(社会心理学者)

精神科医の社会的発言を禁じるべきか

精神科医・政治心理学者であり、CIAや議会で数々の証言を続けてきたジェロルド・ポストは、次のように述べている(2002)。APAの倫理規定はゴールドウォーター・ルールと同じ7条の別の項で、「公衆を教育し政府に助言すること」を精神科医の倫理としているが、これは時に、ゴールドウォーター・ルールとバッティングするのではないか。また、政治学者や歴史学者なども、著名人についての見解を述べて公共に貢献することがある。それなのになぜ精神科医だけは、公共の福祉に貢献すべき場面で沈黙しなければならないのかと。

ともに精神科医であるジェローム・クロールとクレア・パウンシーも、共著において基本的にはこの見解に同意する(2016)。そして、社会の脅威となる可能性のある人物について精神科医がコメントできず、パブリックな議論が抑圧されるのであれば、むしろその方が倫理に反すると論じた。

強い影響力を持つ政治家があからさまな精神的問題を抱えていることに気づいていてなお沈黙してしまうのであれば、むしろそれこそが罪深いのではないか。ならば、メディアでのコメント自制を求めるゴールドウォーター・ルールは、決して破ってはならない中核的倫理原則ではなく、単なるエチケットの地位に引き下げられるべきであると主張するのである。

一方でこうした議論は、ゴールドウォーター・ルールの文言が曖昧であるせいで混乱しているとする声もある。精神科医のジョン・マーティンジョイは、論文の中で「直接の診察と本人の同意を経ない限り、精神科医が公にコメントしてはならない」というゴールドウォーター・ルールの理解は、あまりに単純化されており、APAの本来の意図と異なっていると指摘した(2017)。このルールの意図するところは、精神科医の社会的発言の一切を禁じるものではないはずだと。

ルールはこれまで、APA会員による学会への質問とそれへの応答という形を取りながら、何を禁止し何を許容するのかの線引きを書き加えてきた。例えば、「歴史上の人物の精神状態を、記録にもとづいて分析することは非倫理的だろうか?」「保険金の支払いのために、事後的に行った分析を保険会社に提供することは非倫理的だろうか?」といった形で。それが忘却され、あたかも精神科医の発言を一律に禁止するかのように受け止められているのは問題だというのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独経済団体、半数が26年の人員削減を予想 経済危機

ワールド

中国軍、台湾周辺で実弾射撃伴う演習開始 港湾など封

ビジネス

韓国クーパン、顧客情報大量流出で11.8億ドルの補

ワールド

尹前大統領の妻、金品見返りに国政介入 韓国特別検が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中