最新記事

イスラム教

ニュージーランド首相、ムスリム「コスプレ」の偽善臭

2019年3月29日(金)15時00分
飯山陽(イスラム思想研究者)

異教徒によるスカーフ着用というパフォーマンスは、着用義務に反対する立場のイスラム教徒女性を絶望の底に突き落としただけではない。そのパフォーマンスを絶賛した、着用を肯定する側のイスラム教徒に対しても、全く意図していない「別のメッセージ」を伝えたという、複雑で深刻な問題も引き起こしている。

アーダーンのスカーフ着用はイスラム諸国のメディアでも大きく伝えられた。世界一高いビルとして知られるUAE(アラブ首長国連邦)ドバイのブルジュ・ハリファには、スカーフを着用した彼女がイスラム教徒を抱きしめる姿が「平和」という文字と共に大きく映し出された。

もちろんアーダーンは善意で、イスラム教徒に寄り添う気持ちを表現したのであろう。一方、この姿を見た多くのイスラム教徒は、「彼女はイスラム教徒同然になった」と理解したのだ。

実際に、若いイスラム教徒男性がスカーフ姿のアーダーンに歩み寄り、イスラム教への改宗を呼び掛けて首相を当惑させる映像も出ている。この映像はパキスタンなどのメディアで大々的に伝えられる一方、欧米メディアでは取り上げられなかった。これは、スカーフ着用というパフォーマンスがイスラム教徒に大いなる「誤解」を与えてしまったことを糊塗するためだといわれても仕方がない。

望ましくない結果も

この誤解は、「神は全ての人間をイスラム教徒として創造した」という信仰に由来する。両親や環境のせいで異教徒になってしまった人間も、イスラム教を知るや否や直ちにイスラム教に改宗する。人間の本性はイスラム教という真理を求めるように創造されているからだと、イスラム教徒は信じている。

同じくスカーフ着用も「神が女性に対し頭髪を覆い隠すよう命じた」と信じ、女性が命令に従う敬虔なイスラム教徒であることを明確に示す信仰行為でああって、文化や習慣ではない。アーダーンのスカーフ姿は、イスラム教信仰を受け入れ神の命令に従ったことの証しとして理解されたのだ。

アーダーンには自身の姿がそう受け止められたという自覚はあるまい。ただ政教分離を原則とする国家の長としては、これが適切なパフォーマンスだったのかを再考する必要があろう。彼女が改宗することはないだろうが、そのことは彼女の改宗を信じ、大いに期待したイスラム教徒を失望させ、あまり望ましくない結果も招き得る。イスラム教徒から、「やはり西洋人は偽善者だ、信用ならない」と新たな批判を招きかねない。

本当の意味での異文化、他宗教理解とは、誤解や対立、紛争を回避するためのものであるはずだ。その場しのぎの短絡的なパフォーマンスであってはならない。

ニューズウィーク日本版 ガザの叫びを聞け
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月2日号(11月26日発売)は「ガザの叫びを聞け」特集。「天井なき監獄」を生きる若者たちがつづった10年の記録[PLUS]強硬中国のトリセツ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米軍の麻薬密売阻止、陸路でも近く開始 トランプ氏が

ビジネス

完全失業率10月は2.6%、雇用情勢底堅く 有効求

ビジネス

鉱工業生産10月は1.4%上昇、2カ月連続プラス 

ビジネス

米メディケアの薬価引き下げ、大半の製薬企業は対応可
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 7
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中