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移民の歌

永住者、失踪者、労働者──日本で生きる「移民」たちの実像

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2018年12月17日(月)16時30分
望月優大(ライター、「ニッポン複雑紀行」編集長)

2人は出稼ぎのつもりでやって来た。政府も短期の労働需要に応えるかのように日系人への門戸を開いた。しかし、結果として起きたのは永住権の取得と30年近くにも及ぶ日本での定住だった。追浜で目の当たりにした現実は、今なお政府が外国人労働者の受け入れ拡大を「移民政策ではない」と言い続けていることの非現実性を改めて浮き彫りにしていた。誰がどう見ても、2人はこの国で暮らす「移民」であるように思えた。

自分のことを「移民」だと思いますか? そう聞くとナカシマはすぐさま「そう思う」と答えた。ナカハタのほうは少し思案して、論理的にはそうだけれど「言い方の問題」だと言った。そして、「おまえは外人だ」と攻撃的な言い方で言われたら傷つく、それと一緒だと言い添えた。

2人は論理的には「移民」である。だが、多数者がその言葉を外国人を社会の一員として迎え入れるために使うのか、それとも排除するために使うのか。少数者として生きてきたナカハタはその差異に敏感に反応していると思えたし、多数者としての私がその言葉をどんなふうに使っていくのか、改めて問い掛けられているのだと思った。

ナカハタはこんな経験もしている。中学生時代の長女を怒鳴りつけた教師に抗議した際、彼女はその教師から「日本の文化に慣れてください」と言われた。だが、彼女はペルーで生徒を怒鳴る教師など見たことがない。同化を迫る社会の中で、ナカハタは自分が信じる筋を通すために戦う必要があった。「日本の文化や日本人を尊重しますけど、私は日本人ではありません」──彼女はそう言い返した。

それでも、2人は日本で長く暮らしたことを全く後悔していないという。ナカハタは、人生の半分にまで至った日本での28年間を「絶対的にポジティブな思い出」であったと言い、そして「私たちはとても親切な日本人に出会ったので」と付け加えた。最初の会社で上司だった男性は2人のことをいつも気に掛けてくれ、永住権申請の際には保証人にまでなってくれたのだと。

ただ1つだけ、ナカシマは日本語を覚えられなかったことを「ちょっと後悔している」と話した。工場にはペルー人やブラジル人が多く、生活もペルー人のコミュニティー内で完結していたので、日本人との接触が少なかった。「日本にいるにもかかわらず、やはり私の世界というのはペルー人コミュニティーですね」。来日当時は「おはよう」すら知らなかった。その後は少しだけ日本語が上達したものの、28年がたったこの日の取材でも、カブレホスによる通訳がなければ込み入った話を聞くことは難しかった。現在、2人が日常的に交流のある日本人の友人は1人もいないという。

日本語ができたら「おそらく今の私の状況は全く違っていただろう」とナカシマは言った。「もしかしたら今頃お金持ちになっていたかもしれない」と笑うナカハタに、「冗談冗談」とナカシマも笑いながら応じた。ただし、これから来る外国人は、ある程度日本語を勉強してから来たほうがいいと彼は思っている。そして、それは「自分自身の経験から」だと。

今もナカシマは日産関係の工場で働いている。時給は1400円。ナカハタは果物の選別工場で働いている。時給は980円。昔と違って、周りにはフィリピン人やベトナム人の女性たちがいる。ナカシマのすぐそばで働くネパール人の若い女性たちは、本当は日本人からの指示が理解できていないのに、日本語が理由で解雇されるのを恐れて聞き返すことすらできない状態にあるのだという。時代は変わった。そして、何も変わっていない──。

電車での帰り道。通訳を仕事にするカブレホスに言葉とコミュニティーについて聞いてみた。「コミュニティーにいると楽。でも向上心がどこかで失われてしまうと思うんです。そんな親の姿を見ている子供たちも同じ。工場の仕事に残ってしまう。みんなにもっと可能性あるぞと呼び掛けていきたいんです」

静岡県富士市で暮らしていた彼は、20代前半で自ら日系人のコミュニティーを離れ、上京を決めた。東京で働き始めると、ペルーでは「すごい企業の営業マン」だった父がなぜ工場の労働者にとどまっているのかと疑問に思うようになった。なぜ日本語を勉強してもっといい企業に行かなかったのか。父にそう聞くと、父の答えはナカシマやナカハタの答えと同じだったという。つまり、週6日仕事をして、子供ができて、周りに安心できるコミュニティーがあった。そして、時間だけが過ぎていった。

カブレホスは今、東京近郊で4人の子供を育てている。現在高校1年生の長女が小学生のころ、「警察官になりたい」と言われてぎくりとした。この国では、永住権だけでは警察官(※)にはなれない。そのとき初めて帰化のことを真剣に考えたという。「もしそれが夢だったら、パパとママ頑張って帰化するよ」

※事実関係に誤りがあったため、「公務員」を「警察官」に訂正しました(2018年12月18日11:30)。

日本で30年近く暮らし、今では永住権を持って生活している人々。最初は「出稼ぎ」のつもりでも、いつの間にかこの国に定住する「移民」になっていた。不況を理由に政府が帰国を促しても、日本で生まれ育った娘たちのために帰らなかった。2018年、いま日本に「出稼ぎ」のつもりで来ている外国人たちの暮らしはこれからどうなっていくのだろう。これからさらに30年後、彼らとこの国との関係は一体どんなふうになっているのだろうか。

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