最新記事

シリア情勢

内戦の趨勢が決したシリアで、再びアレッポ市に塩素ガス攻撃が行なわれた意味

2018年11月28日(水)19時20分
青山弘之(東京外国語大学教授)

シリア軍の非武装地帯内への砲撃で一気に緊迫化

非武装地帯が設置されたことで、シリア軍と国民解放戦線の戦闘はほぼ収束した。ロシア国防省の発表によると、9月17日から11月17日までの2ヶ月間で、停戦違反は依然として530回(1日平均で8回強)を記録した。だが、このうちトルコの監視チームが確認したシリア軍の違反は21件だけで、それ以外の違反は、ほとんどが「テロ組織」によるものだった。

非武装地帯での「テロ組織」の排除と反体制派の重火器撤去の責任はトルコが担った。だが、「テロ組織」はこれに抗った。シャーム解放機構とイッザ軍が11月9日にハマー県北部でシリア軍への攻撃を激化させると、フッラース・ディーン機構、トルキスタン・イスラーム党、コーカサスの兵も、ラタキア県北東部、イドリブ県南東部でこの動きに同調した。交戦を控えていた国民解放戦線は、戦火に巻き込まれるかたちで、アレッポ県西部でシリア軍との散発的衝突を余儀なくされた。

11月24日、シリア軍が非武装地帯の内側に位置するイドリブ県ジャルジャナーズ町の学校を砲撃し、子供4人と女性3人が死亡すると、事態は一気に緊迫化した。この停戦違反に対して、国民解放戦線の幹部でヌールッディーン・ザンキー運動報道官のアブドゥッサラーム・アブドゥッラッザーク大尉は、ツイッターのアカウントで「我々はお前たち(シリア政府)にただちに復讐を行う準備をしている、殉教者たちの魂をもう無駄にはしない」と述べ、報復を約束したのである。

反体制系サイトのドゥラル・シャーミーヤによると、この言葉を行動に移すかのように、「革命家たち」(所属は不明)は、イドリブ県南東部のアブー・ダーリー村、アレッポ県南部のハーディル村、アレッポ市西部の軍事アカデミー、ザフラー協会(ジャムイーヤト・ザフラー)地区にあるシリア軍と「イランの民兵」の拠点にただちに砲撃を加えた。そして、この直後、SANA(シリア・アラブ通信)やイフバーリーヤ・チャンネルといったシリアの主要メディアは、アレッポ市西部のハーリディーヤ地区、ナイル通り地区、ザフラー協会地区が有毒ガスを装填した砲弾の攻撃に曝されたと報じたのである。

aoyama1128a.png

アレッポ市への塩素ガス攻撃を伝えるSANA(2018年11月24日)

SANAによると、攻撃で市民107人が呼吸困難などの中毒症状を起こし、市内の病院に搬送された。アレッポ県のズィヤード・ハーッジ・ターハー医療局長は、患者の症状から塩素ガスが使用された可能性が高いとの見方を示した。

一夜明けた25日、ロシアが、一次情報に基づくとして、攻撃に関する詳細な事実関係を明らかにした。イゴール・コナシェンコフ国防省報道官は「負傷者の症状は、砲弾に塩素ガスが装填されていたことを示している」としたうえで、シャーム解放機構支配下のブライキーヤート村(アレッポ市東部)南東部郊外に設置された120ミリ迫撃砲から砲弾が発射されたと発表した。ロシア軍放射線化学生物学防護部隊のコンスタンティン・ポチョムキン報道官も、攻撃を行ったのがシャーム解放機構に所属するグループだと断定した。

なお、ロシアのスプートニク・ニュースは攻撃の数日前、フランス人専門家の一団がシリアに入り、イドリブ市内にあるシャーム解放機構の地下施設で、有毒ガスが装填可能なロケット弾に改良を加えたと伝えていた。同サイトによると、改良されたロケット弾は、アレッポ市への塩素ガス攻撃の直後に、イドリブ県各地に再配備されたという。ロシアとシリア政府は、これまでにもシャーム解放機構とホワイト・ヘルメットが、シリア軍を貶めるためにイドリブ県で化学兵器を使おうとしていると警告してきた。この主張をサポートするかのように、攻撃が敢行されたのである。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、米労働市場の弱さで利下げ観

ワールド

メキシコ中銀が0.25%利下げ、追加緩和検討を示唆

ビジネス

米国株式市場=下落、ハイテク企業のバリュエーション

ワールド

エジプト、ハマスに武装解除を提案 安全な通行と引き
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 5
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 8
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 9
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中