最新記事

シリア情勢

内戦の趨勢が決したシリアで、再びアレッポ市に塩素ガス攻撃が行なわれた意味

2018年11月28日(水)19時20分
青山弘之(東京外国語大学教授)

REUTERS-SANA

<11月24日にアレッポ市に塩素ガス攻撃が行なわれた。すでに内戦の趨勢が決したシリアで、今、塩素ガス攻撃が行なわれた意味とは>

反体制派が露わにした敵意を「テロ組織」が実行し、トルコが対応を迫られる──シリアのアル=カーイダと目されるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が11月24日に行ったとされるアレッポ市への塩素ガス攻撃は、反体制派をめぐるこうした悪循環の典型だと言える。

シリアでの停戦に向けた動きは、米国とロシアを共同議長国とした国連のジュネーブ会議であれ、ロシア、トルコ、イランを保証国とするアスタナ会議(あるいはソチ会議であれ)であれ、反体制派を「テロ組織」と「合法的な反体制派」に峻別し、前者を撲滅し、後者をシリア政府と停戦・和解させることをめざしてきた。

だが、アル=カーイダ系組織、非アル=カーイダ系のイスラーム過激派、自由シリア軍、ホワイト・ヘルメットが渾然一体化するなか、峻別は困難を極めた。シリア政府、ロシア、そしてイランは、こうした状況に乗じて、一部の反体制派が繰り返す停戦違反を全体の違反行為とみなし、攻撃を正当化し、シリア内戦における軍事的優位を揺るぎないものとした。

ロシアとトルコは9月17日のソチでの首脳会談で、イドリブ県を中心とする反体制派支配地域(緊張緩和地帯第1ゾーン)と政府支配地域の境界地帯に非武装地帯を設け、同地からの「テロ組織」の排除や反体制派の重火器撤去を推し進めることで合意した。両国がこれまで以上に結託を強めたことで、反体制派は半ば強引に峻別された。イスラーム国やシャーム解放機構などといったアル=カーイダ系組織とのつながりの有無が基準だったはずの峻別は、両国の意向に沿うか否かという別の基準のもとで行われるようになった。

両国の意向とは、シリア政府への敵意を剥き出しにしてもよいが、シリア軍との戦闘は控えるか、それができない場合は、シリアから立ち去る、というものだった。これに応じれば、反体制派は延命を保障されたが、拒めば「テロ組織」のレッテルを貼られ、シリア軍による「テロとの戦い」の標的となった。

ロシアとトルコの意向に沿おうとしたのは、シリア・ムスリム同胞団の系譜を汲むシャーム軍団、バラク・オバマ前米政権の支援を受けてきたヌールッディーン・ザンキー運動、アル=カーイダ系組織のシャーム自由人イスラーム運動などで、彼らはトルコの庇護のもと、国民解放戦線として糾合した。

一方、こうした流れに抗い、「テロ組織」としての道を選んだのが、シャーム解放機構、新興のアル=カーイダ系組織であるフッラース・ディーン機構、オバマ前米政権の支援を受けてきたイッザ軍、チェチェン人からなるコーカサスの兵、中国新疆ウィグル自治区出身者からなるトルキスタン・イスラーム党などだった(非武装地帯設置合意や反体制派の動きについては拙稿「シリア反体制派の最後の牙城への総攻撃はひとまず回避された:その複雑な事情とは」を参照されたい)。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、24日に長距離ミサイルの試射を監

ビジネス

訂正米アップルCEOがナイキ株の保有倍増、再建策を

ビジネス

仮想通貨交換コインベース、予測市場企業を買収 事業

ワールド

ホンジュラス大統領選、トランプ氏支持のアスフラ氏勝
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中