最新記事

ブレグジット

合意なきEU離脱はイギリスの経済的な自殺行為

Hard Brexit Will Destroy the U.K. Economy

2018年10月16日(火)16時30分
サイモン・ティルフォード (トニー・ブレア研究所チーフエコノミスト)

EU離脱案については英国内でも意見が分裂し、EUとの合意の妨げに Henry Nicholls-REUTERS

<ハード・ブレグジットなら英経済は大混乱をきたし、外交関係の不透明感が増す――強硬離脱の勝者は誰か>

少なくとも理論上は、どのEU加盟国も穏便に、つまり経済的な混乱を招くことも近隣諸国との良好な関係を損ねることもなくEU離脱できる。

イギリスにも、まだ穏便な離脱の道は残されている。テリーザ・メイ英首相とEUの指導者たちが離脱協定で合意し、経済的なダメージを抑え、今後も政治的な強い結び付きを維持していける可能性はまだある。

だが、そうならない公算が高まっている。イギリスがEUに特別扱いを要求していることが主因だ。EUはそれに応じようとしないし、おそらく応じられないだろう。合意なき離脱となれば経済ばかりか、イギリスという国家の統一までも危うくなりかねない。

今のイギリスはEUの単一市場の一員であり、通関手続きの必要も関税もない。ロンドンに拠点を置く企業は、ベルギーのサプライヤーから、国内のサプライヤーからと同じように簡単に仕入れを行うことができる。イギリスの製造業者はEU域内に広がるサプライチェーンに組み込まれることによって「ジャストインタイム」の生産を行うことができる。

例えばイギリス南西部のウィルトシャーにあるホンダの工場では36時間分の部品在庫しか持っていない。EU域内のサプライヤーに発注すればいつでも24時間以内に部品が届くからだ。イギリスの食品業界も同様で、通関手続きがないので港には冷凍・冷蔵設備も要らない。

しかし離脱条件で合意できなければ、こうした恩恵は一夜にして消える。イギリスへの輸入品は全て通関手続きを踏む必要が出てくる。だが検査設備も、手続き完了まで食品を保管する設備も整っていない。ヨーロッパ大陸に最も近く、大陸との間の貨物の大半を扱っているドーバー港への通関設備の新設や、EU域外からの貨物を扱っているその他の港の設備拡張には何年もかかるだろう。

ドーバー港の取扱貨物量は年間トラック約260万台分。これほど大量の貨物をチェックするとなれば膨大な時間がかかるだろう。さらには交通渋滞を引き起こし、生産活動や食品供給の遅れは広範囲に及ぶ。通勤・通学やヨーロッパへの旅行者の足にも影響が出そうだ。

EUの法的枠組みから外された多くのイギリス企業は、これまで享受してきたEUでの営業許可を失うだろう。例えばイギリスの製薬会社や化学会社はEU域内で販売できなくなる。新たに個別の交渉が必要になり、混乱による損失は避けられない。

あらゆる業界を直撃する

またイギリスの航空会社はEU域内への乗り入れができなくなる。英〜EU間の路線は別途交渉するとしても、イギリスは「欧州単一空域」を外れるため、EU域内の都市を結ぶ路線からの撤退を余儀なくされる。現在パリ〜ローマ、アムステルダム〜リスボンなどの多くの路線を持つイージージェットなどは損失を被りそうだ。

サービス部門も大打撃を受けるだろう。イギリスの金融機関は、EU全域での営業を可能にしている「単一パスポート」の権利を奪われるだろう。既存契約の法的扱いがどうなるかも分からない。それが金融、デリバティブ(金融派生商品)の清算や決済に影響を及ぼす。これらの扱いは、EU内ではロンドンに特に集中している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャーによる株買い増し、「戦略に信任得てい

ビジネス

スイス銀行資本規制、国内銀に不利とは言えずとバーゼ

ワールド

トランプ氏、公共放送・ラジオ資金削減へ大統領令 偏

ワールド

インド製造業PMI、4月改定値は10カ月ぶり高水準
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 6
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 7
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 8
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 9
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中