最新記事

微生物

腸内細菌の多様性の危機:「微生物版 ノアの方舟」提案される

2018年10月9日(火)17時20分
松岡由希子

腸内細菌と作物多様性を保護するべく作られたスヴァールベル世界種子貯蔵庫 Eraxion-iStock, Heiko Junge-REUTERS

<20万年のヒトの進化で多様化してきた微生物が、高度の浄化された飲料水や抗生物質によって多様性が減少している。手遅れにならないうちにこれを次世代に残す「微生物版ノアの方舟」の創設が提案された>

微生物の多様性が減少し、ヒトの免疫系に作用する微生物叢に影響を与えている

20世紀以降、肥満や糖尿病、喘息、アレルギー、炎症性腸疾患(IBD)など、代謝や免疫、認知にまつわる疾患が先進国を中心に増えており、新興国や発展途上国でも次第に広がってきた。

これらの疾病は、細菌やウィルス、菌類などからなる「微生物叢」と関連していると考えられている。私たちの身体(腸内、肌や口腔内など)に生息する多種多様な微生物は、栄養摂取や免疫、ホルモン活性などの基礎的な機能に影響を与え、私たちの健康に寄与している。また、このような微生物叢は、母から子へと受け継がれ、免疫系、代謝系、神経系の発達においても重要な役割を果たす。

しかしながら、20世紀以降の産業化に伴い、高度に浄化された飲用水、精製・加工された食品、抗生物質などが普及したことで、腸内などの微生物の多様性が減少し、ヒトの免疫系に作用する微生物叢に影響を与えている。米ワシントン大学の研究チームが、米国の大都市圏の居住者と南米ベネズエラの熱帯雨林の居住者、アフリカ大陸南東部マラウィの僻地の居住者とを比較したところ、米国の大都市圏で生活する人々の腸の微生物叢は、他の2地域の居住者と異なることがわかったという。

20万年のヒトの進化で多様化してきた微生物を次世代に引き継ぐ義務

米ラトガース大学のマリア・ドミンゲス=ベーリョ教授らの研究チームは、2018年10月5日、微生物の多様性を保全する"ノアの方舟"の創設を提言する論文を学術雑誌「サイエンス」で発表した。「私たちは、20万年におよぶヒトの進化において先祖とともに生きてきた微生物を次世代に引き継ぐ義務がある。手遅れにならないうちに着手しなければならない」と説いている。

とりわけ、研究チームでは、その豊かな多様性ゆえ、南米やアフリカの僻地で生活する人々の微生物叢に関心を示している。米マウントサイナイ医科大学らの研究成果によると、ブラジルとベネズエラの国境付近で居住している南米の先住民族「ヤノマミ族」は、現在確認されている地域集団の中で、細菌および遺伝子機能の多様性が最も高い微生物叢を有する。これまで抗生物質に曝露された形跡がないにもかかわらず、ヤノマミ族の微生物叢には、抗生物質耐性(AR)遺伝子を持つ細菌まで含まれているそうだ。

ノルウェーのスヴァールベル世界種子貯蔵庫に着想を得て

研究チームは、作物多様性を保護するべく2008年にノルウェー領スッピツベルゲン島で開設された「スヴァールベル世界種子貯蔵庫」から着想を得、この仕組みを"微生物版ノアの方舟"にも応用し、微生物の多様性の保全に役立てようとしている。将来的には、体内から失われた微生物を再び取り込ませることで疾病予防につなげるといったことも可能になるかもしれない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ナワリヌイ氏死因は「毒殺と判明」と妻、検体を海外機

ビジネス

午前の日経平均は反発、最高値を更新 FOMC無難通

ワールド

グテレス氏「われわれは未知の海域に」、国連総会の一

ワールド

豪就業者数、8月は5400人減に反転 緩やかな労働
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中