最新記事

新興国経済危機

通貨危機アルゼンチンが抱える構造問題

THE WAY OUT OF ARGENTINA’S NEW CRISIS

2018年9月13日(木)16時30分
アンドレス・ベラスコ(元チリ財務相)

過去の政権が数々の「ショック療法」を繰り出しながら効果を上げられなかった歴史を踏まえて、マクリは前政権から引き継いだ経済的混乱を時間をかけて修正する道を選んだ。彼はエネルギー価格への助成削減などの歳出削減策を進める一方で、成長を加速させるために農産物価格の安定を目的とした輸出税の軽減に踏み切った。その結果、財政赤字は減少傾向にあるものの、政府は今も外国からの巨額の借り入れを強いられている。

アメリカの長期金利が上昇してドル高が一気に進むまでは、マクリ政権の緩やかな財政再建策は合理的な戦略に思えた。だが、ひとたび新興国市場への信用不安が再燃し始めると、その矛先は真っ先にアルゼンチンとトルコに向かった。

トルコ政府がまずい対応によって最悪の事態を引き起こしたのに比べれば、アルゼンチン当局は困難に向き合い、断固たる措置を取ったといえる。

反ポピュリズムの道を示せ

IMFへの支援要請は政治的なダメージにつながるが、避けられない選択だった。十分な財政的裏付けがなかったら、アルゼンチン当局は投資家に対し、債務は返済できるし、ペソの価値は守られると説得できなかっただろう。

4~5月に行われた政策金利の急激な引き上げも、やむを得ない措置だった。為替を安定させるためだけではない。当時はペソ建て債券のロールオーバー(借り換え)を間近に控えており、投資家に対してロールオーバーの利点をアピールする必要もあった。

とはいえ、極めて高い政策金利が長期的に継続されれば、アルゼンチン経済への信用が損なわれることは避けられない。当局は政策金利を徐々に引き下げることが妥当であり、また持続可能であると市場を納得させる必要がある。中央銀行は今後、政策金利の段階的な引き下げを模索していくことになるだろう。

一方、IMFにも慎重な対応が求められる。あまりに急激な財政調整は政治的反動を引き起こしかねない。マクリ政権からの支援要請を受けて、IMFは6月に3年間で最大500億ドルの融資を行うことに同意した。

マクリ政権が進めるリベラルな改革路線が成功を収めるか否かは、単にアルゼンチンだけの問題ではなく、中南米全体の今後を占う上でも重要になるだろう。

ブラジルでは10月に大統領選挙が予定されている。支持率でトップを走る候補は、左派ポピュリズム(大衆迎合主義)の政策で人気が高いルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ元大統領だ(ただし汚職容疑で収監されており、実際に出馬できるかどうかは分からないが)。

7月に行われたメキシコ大統領選では既に、新興左派政党を率いるポピュリスト指導者のアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドールが大差で勝利。12月に就任する予定だ。

アメリカのドナルド・トランプ大統領に加えて、欧州やアジア諸国でもポピュリストが相次いで権力を握っている。その上、ラテンアメリカ有数の巨大国家ブラジルとメキシコでポピュリスト指導者が誕生すれば、世界全体に深刻な影響を及ぼしかねない。

アルゼンチンの改革が成功すれば、ポピュリズムに走らない新たな道が可能であることを世界に示せるかもしれない。ただし、そのためには国際社会による正しい方策と強力なサポートが不可欠だ。

(筆者はハーバード大学やコロンビア大学の教授を務め、国際経済に関する多くの著書がある)

From Project Syndicate

[2018年9月 4日号掲載]

ニューズウィーク日本版 ISSUES 2026
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月30日/2026年1月6号(12月23日発売)は「ISSUES 2026」特集。トランプの黄昏/中国AIに限界/米なきアジア安全保障/核使用の現実味/米ドルの賞味期限/WHO’S NEXT…2026年の世界を読む恒例の人気特集です

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ナイジェリア空爆、クリスマスの実行指示とトランプ氏

ビジネス

中国工業部門利益、1年ぶり大幅減 11月13.1%

ワールド

ミャンマーで総選挙投票開始、国軍系政党の勝利濃厚 

ワールド

米北東部に寒波、国内線9000便超欠航・遅延 クリ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中