最新記事

宗教

ロシアでエホバの証人狩り、ソ連「宗教弾圧」の悪夢再び

2018年7月17日(火)17時00分
マーク・ベネッツ

ロシア正教会のキリル総主教とプーチンはそれぞれの思惑で連携を深めている Sputnik Photo Agency-REUTERS

<過激派組織扱いで取り締まりを強化――集会所を閉鎖し信者を逮捕する暴挙はロシア正教会の差し金かプーチンの思惑か>

夜が明けたばかりだった。

4月10日、ロシア中部の都市ウファにあるアナトリーとアリョーナのビリトケビッチ夫妻のアパートの玄関のベルが鳴り、怒声が響いた。「開けろ!」

ドアを開けると、銃を構えた警官が「私服も含めて10人ほどずかずか入ってきた」と、妻のアリョーナは本誌に話した。警官隊は家宅捜索を行い、夫のアナトリーに暖かい衣類をバッグに詰めるよう指示した。「夫はもう家には帰れないと、彼らは言った」

アナトリーは連行され、妻との面会も許されていない。

早朝の手入れは危険な犯罪者を逮捕するときの常套手段だ。アナトリーはテロ容疑者でも麻薬の密売人でもないのに、なぜ連行されたのか? 妻のアリョーナと共に宗教団体「エホバの証人」に入っているからだ。

エホバの証人は家々を回って伝道活動を行うことで知られる。信者は兵役を拒否し、国旗に敬意を表さないため、世界各地で弾圧されてきた歴史を持つ。現代のロシア政府もロシア正教会の賛同を受けて、国内に推定17万5000人いる信者に対する締め付けを強めている。

ロシア政府は「外国から流入した」少数派の宗教を取り締まる姿勢を見せており、エホバの証人に対する弾圧もその一環だ。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は16年7月、伝道規制法案に署名した。これは当局が認可した教会や集会所以外で伝道活動を行うことを禁じた法律で、今のところモルモン教、バプティスト教会など「輸入された」宗教だけに適用されている。

なかでも最も厳しい取り締まりの対象になっているのが、ニューヨーク州に世界本部を置くエホバの証人だ。ロシアの最高裁判所は17年4月、エホバの証人をテロ組織ISIS(自称イスラム国)などと同じ「過激派団体」に認定した。ロシア司法省もエホバの証人を「公共の秩序と安全」に対する脅威と断定、国内の集会所を閉鎖し、独自の翻訳による聖書を禁じた。

政権べったりの総主教

反テロ法を利用した宗教団体への弾圧は、人権団体などから批判を浴びている。「エホバの証人の活動禁止には何の法的根拠もない」と、モスクワに本拠を置く人権擁護団体ソバのアレクサンドル・ベルホブスキーは言う。「確かに彼らは自分たちの信仰だけが正しいと主張しているが、宗教団体ならそれは当然だろう」

ソ連崩壊後のロシアの新憲法は信教の自由を保障している。しかしロシア政府は、最高裁の判断はエホバの証人という組織の危険性を認めただけで、個人の信教の自由を制限しているわけではないと主張する。

アナトリー・ビリトケビッチの早朝の逮捕は、ロシアの治安当局が全国で展開している「エホバの証人狩り」の一部だ。今年2月以降、十数もの町や都市で手入れが行われ、3月の大統領選でプーチンが再選されると検挙に拍車が掛かった。

5月には中国との国境に近い極東のビロビジャンで信者の家庭20世帯への家宅捜索が行われた。「裁きの日」作戦と名付けられたこの手入れには150人前後の警官が動員されたという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ首都などに大規模攻撃、15人死亡 純粋な

ワールド

台湾、ウクライナで実戦投入のドローン技術導入へ 中

ビジネス

利上げ継続姿勢も、経済・物価「下振れリスク大きい」

ワールド

焦点:関税交渉まとまらず、石破政権 参院選控え「国
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 7
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 8
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 9
    コメ高騰の犯人はJAや買い占めではなく...日本に根…
  • 10
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 3
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中