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戦前日本の検閲から続く「のり弁」文書の歴史

2018年3月23日(金)19時40分
深田政彦(本誌記者)

さらに37年の日中戦争後は「軍事機密」が主な対象となった。検閲の担い手も内務省だけでなく、陸軍省と海軍省も記事差し止めができるようになった。

戦争初期のエピソードが印象的だ。上海戦線での軍功を称える記事を載せる際、部隊配置の露見を防ぐため、「軍旗」という言葉が伏せ字に。新聞にはこんな思わせぶりな文面が載ったという。

「部隊長は死の直前○○をにぎらしてくれといったから、○○をにぎらしたら、にっこり笑って死んだ」――

こうした検閲体制は45年の敗戦で崩壊し、内務省も軍部も解体。日本を占領したアメリカは「検閲の禁止」をうたう日本国憲法をもたらした。

皮肉なことに今、『空気の検閲』で戦前の伏せ字の中身を知って楽しめるのも、戦前の官僚たちの「努力」によるものだ。内務省は戦前の新聞紙法と出版法を根拠とする「法治主義」に基づいて、どんなつまらないエロ表現にも細かな書類を作成。将来日の目を見ることになるとは思わずに、「出版警察報」などの形で残していった。

さらに戦時中は軍事機密を盾にした軍部の横暴な要求に対して、法に基づいた検閲を貫こうとしたという。また押収した大量の発禁図書を戦火から守り抜いたことも大きい。

一方、大日本帝国を解体し憲法をくれたアメリカのおかげで検閲もなくなった......と言いたいところだが、実はそうではない。戦後、GHQは占領や東京裁判に対する批判を封じるために、戦前の検閲制度の10倍ほどの人員を動員。しかも伏せ字や黒塗りといった痕跡を残すことを許さないという厳しい検閲のため、今なお「何が隠されたか」について未解明の部分は大きい。

『空気の検閲』を読んだ後で改めて「のり弁」を見ると、奇妙にも「そこに何かがある」だけでもほっとする錯覚を覚えた。改竄の跡すら残らない占領時代のような社会には戻りたくないものだ。

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『空気の検閲 大日本帝国の表現規制』
辻田真佐憲 著
光文社新書







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