最新記事

ゲノム編集

遺伝子編集で生物兵器が製造される?

2018年2月2日(金)17時10分
ヒマンシュ・ゴエンカ

近年は自己流生物学やバイオハッキングが流行している traffic_analyzer-iStock.

<遺伝子編集技術クリスパーへの期待は大きいが、悪用されればテロ攻撃の道具になる恐れも>

クリスパー(CRISPR)は幅広い病気の治療に活用できる、大きな可能性を秘めた遺伝子編集技術。この技術の開発者が16年、ノーベル賞の有力候補になったことで有名になった。

まだ完璧な技術とは程遠い段階で、16年10月にヒトの遺伝子改変にクリスパーを使用する初の臨床試験が行われたばかり。それでもこの技術は既に、アメリカの情報機関がまとめた「国家安全保障上の脅威」リストに入っている。

ジェームズ・クラッパー米国家情報長官(当時)は16年2月、上院軍事委員会に年次報告書を提出。その中で、脅威と見なす大量破壊兵器とその拡散のリストに遺伝子編集技術が加わったことが明らかになった。

専門家の一部からは驚きの声も上がった。北朝鮮の核実験やシリアが使用したとされる化学兵器など、従来型の脅威と並んでこの技術が脅威の1つに挙げられたからだ。

名指しこそされなかったが、報告書の「遺伝子編集技術」がクリスパーを指しているのは明らかだった。

「このデュアルユース技術が幅広く共有され、低コストで、開発ペースが加速していることを考えると、意図的かどうかに関係なく誤った使用をされた場合、経済や国家安全保障に広範な影響を及ぼす可能性がある」と、報告書は指摘した。

デュアルユースとは開発の成果が兵器としても利用され得る、つまり軍民両用という意味だ。例えば、農業用肥料に使われる硝酸アンモニウムは爆発性が高いため、爆弾の原料にもなる。プールの消毒に使われる塩素は、化合物によっては致死性を持つこともある。

では、クリスパーは本当に生物兵器になり得るのか。理論上、遺伝子編集技術は自然に発症する疾患にほんの少しだけ似ている遺伝子型を作り出せる可能性がある。こうした人工的な病原体を使えば、何十万もの人々を病気にさせる、さらには殺すことも可能かもしれない。

だが、遺伝子編集技術のスタートアップ企業シンセゴのポール・ダブラウスキCEOは、この技術は高度な専門知識を必要とするため、現時点で脅威になるとは思えないと語る。

「経験豊富な科学者であれば、クリスパーを使った簡単な実験を行うことは容易かもしれない。しかし、複雑なウイルス株のようなもので、研究所の外でも効力を保ち続けるものを開発できるかどうかはまた別の話だ」

それでも研究が進むにつれて、この技術はさらに幅広く使用されるようになっていくだろう。もっと効果的かつ低コストにもなるだろうし、何より複雑な遺伝子操作が可能になることも期待できる。

近年は自己流生物学やバイオハッキングなどが流行している。だからこそ遺伝子操作技術も、より幅広い懸念を呼び起こすのだろう。

<本誌2017年12月26日号掲載>

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ポーランド、最後のロシア総領事館閉鎖へ 鉄道爆破関

ビジネス

金融規制緩和、FRBバランスシート縮小につながる可

ワールド

サマーズ氏、オープンAI取締役辞任 エプスタイン元

ワールド

ゼレンスキー氏、トルコ訪問 エルドアン大統領と会談
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、完成した「信じられない」大失敗ヘアにSNS爆笑
  • 4
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 5
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    衛星画像が捉えた中国の「侵攻部隊」
  • 8
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 9
    ホワイトカラー志望への偏りが人手不足をより深刻化…
  • 10
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中