最新記事

アメリカ

憤るアメリカ白人とその政治化

2017年9月11日(月)12時14分
マルガリータ・エステベス・アベ(シラキュース大学准教授)※アステイオン86より転載

 草の根の保守運動が、ティーパーティー運動という名前で全国的に結集したのが、初の黒人大統領が誕生した二〇〇九年だったことは重要だ。人口構成の変化の推計では白人票の減少が予想され、マイノリティーや女性の進出で、白人男性が絶滅危惧種に成りさがった、との危機感を持つ人たちにとって、エリート黒人大統領の登場は動員の機会となったことは想像に難くない。実際に草の根の運動を連邦議会選の予備選と結びつけたのは保守系の活動家の活躍などもあったが、非常に重要な役割を果たしたのが、一九九六年に商機的な計算だけでなく、政治的な目的をも兼ねて設立された保守系メディアのFOXニュースである。設立と同時に、ひたすらリベラルな政策を弾劾する報道と情報操作をし続け、二〇〇九年以降はティーパーティー運動の知名度向上と全国運動化に貢献した(5)。オバマ大統領はアメリカ生まれではない、イスラム教徒だ、社会主義者だ、と煽動しつづけたのもFOXニュースであり、当初からその煽動の先頭に立ったのがトランプだったことも忘れてはならない。

 クレイマーもホックシールドも「生の声」を分析する以上の事はしないが、結論としては、クレイマーとホックシールドの著作を読むと、二〇一六年の大統領選挙は「脱産業化で行き場を失った可哀想な白人労働者らを見捨てた」民主党が負け、雇用を増やすと約束したトランプの経済的ポピュリズムが勝ったという理解ではあまりにも一面的すぎることがわかる。彼女らの描写する「憤怒」「深層の物語」を動員したティーパーティー運動が、従来の共和党を「ぶっ壊し」、その結果、トランプのような人物が共和党の大統領候補になり得る素地を作ったといえるのではないか。そして、トランプは堂々と「偏見による動員」を行ない、「リベラル・エリート」はロシアよりもずっと性質の悪い「アメリカの敵」であると叫び、大統領になった。まさに、ホフスタッターが半世紀前に指摘したアメリカ型のパラノイアの政治を上手く成功させたといえる(6)。ここで論評した著作に出てくる「生の声」に見え隠れする各種の偏見は、まさにトランプが総動員したものに一致する。トランプの「Make America Great Again」「America First」というスローガンは単なる経済的ポピュリズムなのではなく、そのアメリカという言葉は「白人」を示す記号であると考える人は多い。これが一過性のパラノイアの政治に終わるのか、あるいはアメリカ政治そのものを変えるものになるのか。クレイマーとホックシールドを読む限りでは、後者のシナリオの確率が高いといえるかもしれない。

[注]
(1)Vanessa Williams, Theda Skocpol and John Coggin. 2011. "The Tea Party and the Remaking of Republican Conservatism." Perspectives on Politics. 9(1): 25-43.
(2)Williams et al., Ibid., Paul M. Sniderman and Edward H. Stiglitz. 2008. "Race and the Moral Character of the Modern American Experience." The Forum 6(4), online publication.
(3)Larry Bartels. 2006. "What's the Matter with What's the Matter with Kansas?" Quarterly Journal of Political Science, 1:201-226.
(4)Richard Hofstadter. 1964. "The Paranoid Style in American Politics." Harper's Magazine. November Issue. http://harpers.org/archive/1964/11/the-paranoid-style-in-americanpolitics/
(5)注1参照。
(6)Richard Hofstadter, Ibid.


マルガリータ・エステベス・アベ(Margarita Estévez-Abe)
ハーバード大学で博士号を取得、ミネソタ大学助教授、ハーバード大学政治学部准教授を経て、現職。専門は比較政治経済、比較社会政策。主な著書に"Welfare and Capitalism in Postwar Japan"(Cambridge University Press, 大平正芳記念賞)

※当記事は「アステイオン86」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg




『アステイオン86』
 特集「権力としての民意」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

マツダ、関税打撃で4━9月期452億円の最終赤字 

ビジネス

ドイツ輸出、9月は予想以上に増加 対米輸出が6カ月

ワールド

中国10月輸出、予想に反して-1.1% 関税重しで

ビジネス

FRB、近くバランスシート拡大も 流動性対応で=N
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2人の若者...最悪の勘違いと、残酷すぎた結末
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 6
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 9
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 10
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 8
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中